この研究は、メキシコの研究機関の研究論文です。

掲載誌:International Journal of Molecular Sciences

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

農作物の生産は病害虫によって大きく制限されており、なかでも植物に寄生する病原菌(糸状菌)は収量と品質の損失をもたらす深刻な要因です。従来の防除では殺菌剤の多用によって病原菌に薬剤耐性が生じたり、環境が汚染されたりする問題が指摘されてきました。著者らは、耐性が生じにくく環境負荷の小さい代替手段が求められているという背景から、ナノ材料を用いた防除の可能性に着目しています。

この研究で研究チームが取り上げたのは、銀ナノ粒子(AgNP)と硫化銀(Ag2S)を組み合わせたナノ粒子です。ナノ粒子とは、ナノメートル(10億分の1メートル)単位の非常に小さな粒子のことで、同じ物質でも粒が小さいほど表面積が大きくなり、生物に対する働きが変わることが知られています。さらに著者らは「ヤヌス型」と呼ばれる構造、つまり一つの粒子の中に性質の異なる二つの部分が並んだ非対称な構造のナノ粒子を扱いました。目的は、毒性の低い試薬で合成したこれらのナノ粒子の性質を調べ、複数の植物病原菌と卵菌に対する抑制効果、そしてトマトの萎凋病に対する保護効果を確かめることです。

何をどのように調べたか

研究チームは、硝酸銀を原料とし、還元剤にブドウ糖、安定化剤にゼラチン、pH調整に水酸化ナトリウムを用いる化学還元法で、条件を変えた4種類の製剤(T1〜T4)を合成したと報告しています。ゼラチンは粒子どうしの凝集を抑える役割を果たすとともに、その硫黄を含むアミノ酸が硫化銀の生成に関わると説明されています。

得られた粒子は、紫外可視分光法、X線回折、透過型電子顕微鏡、動的光散乱などで性質が調べられました。論文によれば、最終的な試料は硫化銀ナノ粒子を主成分とし、銀ナノ粒子や塩化銀などが副次的な相として共存する混合物でした。電子顕微鏡による観察では、硫化銀の部分と硫黄の部分が明確に分かれたヤヌス構造が確認されています。粒子の大きさは合成条件によって異なり、ゼラチン濃度が低いT3では平均5.90 nm、濃度が高いT4では平均10.34 nmと報告されました。

抗菌活性の評価では、培地にナノ粒子を混ぜて病原体を培養し、菌糸の広がりを毎日測定する方法が用いられました。対象は糸状菌のAlternaria alternata、Colletotrichum boninense、Fusarium oxysporumの3種と、卵菌のPhytophthora capsiciです。卵菌は見た目が糸状菌に似ていますが系統的には別のグループに属する生物で、同様に植物病害を引き起こします。比較のため市販の殺菌剤キャプタンとメタラキシルMも同じ濃度で試験されました。さらに、トマト萎凋病の原因となるFusarium oxysporum f. sp. lycopersici(Fol)を人為的に接種したトマト苗に対して、T3製剤を土壌に施用する試験も行われています。

主な報告結果

著者らは、4種類の製剤すべてが病原体の生育を有意に抑制し、7日目時点での抑制率は30〜100%の範囲にあったと報告しています。とくにAlternaria alternataに対しては、いずれの製剤も菌糸の伸長を完全に抑え、生育を表す数値を推定できないほどだったとされています。

粒子が小さいT1(7.79 nm)とT3(5.90 nm)が全体として良い効果を示しました。Phytophthora capsiciでは評価最終日(7日目)の抑制率がT1で68.83%、T3で67.90%で、菌糸が伸び始めるまでの時間を2日遅らせたと報告されています。Fusarium oxysporumでは12日目にそれぞれ54.55%と54.63%、Colletotrichum boninenseでは17日目に32.26%と33.69%でした。Colletotrichumでは生育開始までの時間が5日に延びたことも記されています。なお同じ菌では、比較対象のキャプタンも7日目の73.22%から17日目には24.65%へと抑制率が下がっており、著者らはナノ粒子とキャプタンのいずれについても、菌を殺すというより生育を抑える働き(静菌的な作用)であると述べています。

トマト萎凋病菌に対するT3の50%阻害濃度は22.62 µg/mLで、市販殺菌剤キャプタンの22.36 µg/mLとほぼ同等でした。トマト苗の試験では、病原菌を接種した区はいずれも72時間以内に発病した一方、ナノ粒子またはキャプタンを処理した接種区では処理5日後に接種部位の傷口がふさがる様子が観察され、著者らは発病の進行が抑えられたと報告しています。ただしキャプタンを施用した区では、この薬剤の薬害として知られる葉縁の枯れが見られました。植物体内の銀は主に根に、次いで茎に蓄積し、葉からは検出されなかったと報告されています。また茎では銀とカルシウム濃度の間に負の、銀と亜鉛濃度の間に正の相関が認められました。これらは統計的な関連として報告されたもので、因果関係を示すものではありません。

この研究が示すこと

この研究は、毒性の低い試薬を用いた比較的簡便な合成法で、硫化銀ヤヌス構造と銀を含むナノ粒子をつくり、複数の植物病原菌と卵菌に対する抑制効果を実験室内および苗のレベルで確かめたものです。とりわけ小さい粒子ほど効果が高い傾向と、既存の殺菌剤と比べうる阻害濃度が示された点が、著者らの主要な報告です。

同時に、病原体によって効き方には差があり、時間の経過とともに抑制率が下がる場合もあることが数値として示されています。植物体内での銀の化学的な形態については論文でも未解明とされており、この研究の位置づけは、農業における病害管理の選択肢としてこうしたナノ材料が検討に値することを実験的に示した段階にあるといえます。

著者:Rosa Elvira Sánchez-Fernández(Laboratorio Nacional de Investigación y Servicio Agroalimentario y Forestal (LANISAF), Universidad Autónoma Chapingo, Carretera México-Texcoco km 38.5, Chapingo, Texcoco 56230, Estado de México, Mexico)、M. Camacho-Tapía(Departamento de Parasitología, Universidad Autónoma Chapingo, Carretera México-Texcoco km 38.5, Chapingo, Texcoco 56230, Estado de México, Mexico)、Daniel Canseco‐González(SECIHTI-Laboratorio Nacional de Investigación y Servicio Agroalimentario y Forestal, Universidad Autónoma Chapingo, Texcoco 56230, Estado de México, Mexico)、Guadalupe Stefanny Aguilar‐Moreno(Secretaría de Ciencia, Humanidades, Tecnología e Innovación (SECIHTI)—Universidad Autónoma Chapingo, Carretera México-Texcoco km 38.5, Chapingo, Texcoco 56230, Estado de México, Mexico)、Miguel Ángel Aguilar‐Méndez(Instituto Politécnico Nacional, Centro de Investigación en Ciencia Aplicada y Tecnologıía Avanzada, Legaria 694, Colonia Irrigación, Mexico City 11500, Mexico)、Francisco Ascencio(Laboratorio Nacional de Investigación y Servicio Agroalimentario y Forestal (LANISAF), Universidad Autónoma Chapingo, Carretera México-Texcoco km 38.5, Chapingo, Texcoco 56230, Estado de México, Mexico)、Leticia Rojas-Sandoval(Departamento de Fitotecnia, Universidad Autónoma Chapingo, Carretera México-Texcoco km 38.5, Chapingo, Texcoco 56230, Estado de México, Mexico)、ELIZABETH NAVARRO CERON(Laboratorio Nacional de Investigación y Servicio Agroalimentario y Forestal (LANISAF), Universidad Autónoma Chapingo, Carretera México-Texcoco km 38.5, Chapingo, Texcoco 56230, Estado de México, Mexico)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Rosa Elvira Sánchez-Fernández, M. Camacho-Tapía, Daniel Canseco‐González, et al. Antifungal and Anti-Oomycete Potential of Ag2S-S Janus and Ag Nanoparticles Synthesized with Non-Toxic Agents and Their Application to Control Fusarium Wilt of Tomato. International Journal of Molecular Sciences 2026-09-04. DOI: 10.3390/ijms27177916. 原著ライセンス:CC BY.