この研究は、ブラジルの研究機関の研究論文です。
掲載誌:FlatChem
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何のための研究か
ジフェニルアミン(DPAH)は、収穫後のリンゴやナシなどに使われる薬剤です。低温貯蔵中に果皮が褐色に変わるのを防ぐ抗酸化作用があるため広く用いられてきましたが、食品や環境中に残留が検出されることがあり、長期にわたって摂取した場合の健康影響が懸念されています。欧州連合はDPAHを優先的に管理すべき汚染物質と位置づけ、残留基準値をリンゴで5.0 mg/kg、ナシで10 mg/kgと定めていると論文は説明しています。
従来、DPAHの測定には高速液体クロマトグラフィーや蛍光分析などが使われてきました。研究チームは、これらに代わる手段として、現場で素早く安価に測れる電気化学センサーに着目しました。電気化学センサーとは、対象となる物質が電極の表面で電子をやり取りする際に流れる電流を測ることで、その量を知る装置です。ただし、加工していない炭素製の電極は電子の受け渡しが遅く、濃度の低い物質を捉えにくいという弱点があります。そこで著者らは、電極の表面に材料を追加して性能を高める方法を試みました。
どのようなセンサーを作ったか
研究チームが用いたのは、スクリーン印刷電極(SPE)と呼ばれる使い捨て型の小型電極です。ポリエステルの基板に導電性カーボンインクを印刷して作るもので、小型化しやすく、必要な試料の量も少なくて済みます。この電極の表面に、著者らは二段階の加工を施しました。
まず、イミダゾールという窒素を含む環状の分子を電気化学的に重合させ、ポリイミダゾール(p-Im)という導電性の高分子膜を電極上に成長させました。このとき界面活性剤のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を共存させています。論文によれば、SDSは高分子の電荷を打ち消す相手役として働くと同時に、長い炭化水素鎖がかさ高い立体障害を生み、高分子が詰まりすぎるのを防いで凹凸のある立体構造を作る型の役割も果たします。次に、この高分子膜の上に金ナノ粒子(AuNPs)を電気的に析出させました。高分子膜の隙間が金ナノ粒子を留める場所となり、粒子が固まってしまうのを防ぐという設計です。
走査型電子顕微鏡による観察では、高分子膜の形成後に表面が粗くなり、さらに金ナノ粒子が塊状に分散して付着している様子が確認されました。赤外分光の測定からは、イミダゾール環に由来する結合の振動が検出され、高分子が確かに形成されたことが裏づけられています。また、水滴の接触角は未加工の電極で112.7度でしたが、高分子膜で108.5度、金ナノ粒子の付加後には98.3度へと段階的に低下し、表面が水になじみやすくなったと報告されています。電気化学インピーダンス分光法による測定では、電子の受け渡しを妨げる電荷移動抵抗が、未加工の370.0オームから高分子膜の形成後に195.0オームへ下がり、金ナノ粒子を加えた後も198.0オームとほぼ同水準に保たれました。
主な測定結果
著者らは、微分パルスボルタンメトリー(DPV)という感度の高い電流測定法でDPAHの検出を試みました。加工していない電極では信号がはっきりせず、高分子膜だけの電極では信号がほとんど基準線に埋もれてしまいました。一方、金ナノ粒子と高分子膜を組み合わせた電極では明確な酸化ピークが現れています。金ナノ粒子だけを付けた電極が約1.1マイクロアンペアを示したのに対し、組み合わせた電極では2.0マイクロアンペアに達し、二つの材料を併用したことによる相乗効果があると著者らは述べています。
分析条件の検討では、pH 4.0から9.0の範囲でpH 7.0のときに電流が最大になりました。ピーク電位はpHの上昇とともに1単位あたり0.062ボルト低い方へ移動し、これはネルンストの式が予測する0.0592ボルトに近い値です。この関係と、ピーク電位と半波電位の差から求めた電子数の値(2.39、理論値2.0)から、著者らはDPAHの酸化が電子2個とプロトン2個を伴う反応であると結論づけています。また、走査速度を変えた測定からは、電流の約51.2パーセントが電極表面への吸着に、約48.8パーセントが溶液中の拡散によるものと見積もられ、両者が混ざった機構で進むとしています。
検量線は20から200マイクロモル毎リットルの範囲で作成され、決定係数は0.992でした。検出限界は0.43マイクロモル毎リットル、定量限界は1.43マイクロモル毎リットルと報告されています。論文は、より複雑なナノ材料を用いたガラス状炭素電極のセンサーがナノモル台のさらに低い検出限界を達成している例があることにも触れたうえで、本研究のセンサーは作製工程が簡素で使い捨て可能であり、実用面での扱いやすさを優先した設計であると位置づけています。
実際の果物への適用は、リンゴ、ナシ、モモ、ネクタリン、スモモの5種類で行われました。果実をすりつぶして濾過した抽出液を希釈し、既知量のDPAHを加える標準添加法で測定しています。得られた結果は、比較対象とした紫外可視分光光度法による測定値と、95パーセントの信頼水準での対応のあるt検定において統計的に一致したと報告されました。さらに、濃度を上げてから元に戻す試験では電流値に大きな変化がなく、前の測定が次の測定に影響を残す「メモリー効果」は見られませんでした。1時間の連続測定の前後でもピーク電流はほとんど変わらず、著者らはこれを高分子がナノ粒子を保持する構造の安定性によるものとしています。妨害物質として農薬類や糖、ペクチン、無機イオンを共存させた試験でも、良好な選択性が示されたと述べられています。
この研究が示すこと
この研究は、導電性高分子と金ナノ粒子という性質の異なる二つの材料を電極表面で組み合わせることで、それぞれ単独では得られなかった測定性能が引き出されることを具体的に示しました。窒素を多く含む高分子がDPAHを電極の近くに引き寄せ、金ナノ粒子が反応を進みやすくするという役割分担が、著者らの説明する相乗効果の中身です。
そして、実験室の標準溶液だけでなく、実際に市場で購入した5種類の果物の抽出液でも、確立された分析法と統計的に一致する結果が得られました。印刷で作れる使い捨ての小さな電極という形をとったこの手法は、装置のある場所へ試料を運ぶのではなく、必要な場所で測るという発想に立った食品分析のあり方を具体的な形で提示しています。
著者:Nailson S. Rocha(Faculty of Exact Sciences and Technology, Federal University of Grande Dourados – UFGD, Rodovia Dourados-Itahum, km 12, Dourados, MS 79804˗970, Brazil)、Fernando C. Gallina(Faculty of Exact Sciences and Technology, Federal University of Grande Dourados – UFGD, Rodovia Dourados-Itahum, km 12, Dourados, MS 79804˗970, Brazil)、Eduardo M.B. Valença(Faculty of Exact Sciences and Technology, Federal University of Grande Dourados – UFGD, Rodovia Dourados-Itahum, km 12, Dourados, MS 79804˗970, Brazil)、Beatriz T. Marin(São Carlos Institute of Chemistry, University of São Paulo, Av. João Dagnone, 1100, São Carlos, SP 13563˗120, Brazil)、Anderson M. Santos(Federal University of São Carlos, Rodovia Washington Luís, s/n, km 235, São Carlos, SP 13565˗905, Brazil)、Igor G.S. Oliveira(Faculty of Exact Sciences and Technology, Federal University of Grande Dourados – UFGD, Rodovia Dourados-Itahum, km 12, Dourados, MS 79804˗970, Brazil)、Marcos R.V. Lanza(São Carlos Institute of Chemistry, University of São Paulo, Av. João Dagnone, 1100, São Carlos, SP 13563˗120, Brazil)、Willyam R.P. Barros(Faculty of Exact Sciences and Technology, Federal University of Grande Dourados – UFGD, Rodovia Dourados-Itahum, km 12, Dourados, MS 79804˗970, Brazil)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Nailson S. Rocha, Fernando C. Gallina, Eduardo M.B. Valença, et al. Non-enzymatic label-free electrochemical sensor based on polyimidazole–SDS/Au nanoparticles interface for diphenylamine detection in fruit samples. FlatChem 2026-09-01. DOI: 10.1016/j.flatc.2026.101127. 原著ライセンス:CC BY.