著者の所属・活動拠点の国は、韓国、バングラデシュ、アイルランドです。
掲載誌:Life
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
コクゾウムシは、米や小麦、トウモロコシなどの貯蔵穀物を食害する代表的な害虫です。雌が穀粒の内部に卵を産み、幼虫は粒の中で育ちます。このため、表面に薬剤をかける方法では防除が難しく、穀粒の奥まで届く気体の薬剤による「くん蒸」が使われてきました。
論文によると、かつて主に使われた臭化メチルは、オゾン層破壊や人への毒性の懸念から使用が禁止されました。代わりに広く使われているリン化水素(ホスフィン)にも、効きにくい抵抗性の害虫集団が現れています。この抵抗性には、dldと呼ばれる遺伝子の点変異(DNAの1文字の変化)が関わることが知られています。
そこで研究チームは、植物が自然に作る芳香族エステルで、食品添加物としても認められている安息香酸メチルに注目しました。安息香酸メチルは、神経の信号伝達に関わる酵素アセチルコリンエステラーゼの働きを妨げると報告されています。一方、リン化水素は主に細胞の呼吸に作用します。著者らは、作用の仕方が異なる2つの薬剤を組み合わせたときの効果を調べることにしました。
具体的には、リン化水素に感受性のあるコクゾウムシの系統と抵抗性の系統を用意しました。それぞれに安息香酸メチルとリン化水素を単独または併用で与え、殺虫効果を比べました。
調べた方法
研究チームはまず、2つの系統の抵抗性を確認しました。遺伝子の塩基配列を調べる方法と、決められた濃度のリン化水素に成虫をさらす試験の両方を用いています。
次に、容量10リットルの密閉ガラス容器の中で、成虫を25℃で24時間くん蒸しました。くん蒸は、安息香酸メチル単独、リン化水素単独、両者の併用の3通りです。その後、筆でつついても動かない個体を死亡として数えました。容器内では気体をかき混ぜ、薬剤が均一に広がるようにしています。
単独処理の結果からは、集団の30%や99%が死ぬ濃度(致死濃度)を推定し、系統間で比べました。併用の効果は「ブリス独立モデル」で評価しました。このモデルでは、2つの薬剤が互いに影響せず別々に働いた場合に予想される死亡率を計算します。実際の死亡率がこの予想を上回れば、相乗効果があると判断します。
主な結果
遺伝子解析では、抵抗性系統のdld遺伝子に点変異が見つかりました。この変異により、タンパク質を構成するアミノ酸の一つがアスパラギンからトレオニンに置き換わっていました。
単独処理では、リン化水素は感受性系統にはごく低い濃度で効きました。一方、抵抗性系統には効きにくく、抵抗性の程度は141倍と報告されています。安息香酸メチルでは逆の傾向が見られ、抵抗性系統のほうが感受性系統より効きやすい結果でした。30%が死ぬ濃度は、抵抗性系統で1リットルあたり5.14ミリグラム、感受性系統で9.09ミリグラムでした。著者らはこの現象を、ある薬剤への抵抗性が別の薬剤への効きやすさにつながる「負の交差抵抗性」の可能性として示しています。
併用処理では、強い相乗効果が観察されました。抵抗性系統に対して、安息香酸メチルを各系統の30%致死濃度に固定し、1リットルあたり0.24ミリグラムのリン化水素と組み合わせると、ほぼ100%が死亡しました。また、安息香酸メチル4ミリグラムとリン化水素0.12ミリグラム(いずれも1リットルあたり)の組み合わせでは、死亡率が82%に達しました。それぞれ単独での死亡率は9%と1%未満でした。ブリス独立モデルによる解析でも、幅広い濃度の組み合わせで相乗効果が示されました。
研究が示すこと
著者らは相乗効果の背景として、次の仕組みを推測しています。リン化水素は細胞のエネルギー(ATP)づくりを妨げます。一方、安息香酸メチルは神経を興奮させ続け、エネルギーの消費を増やす可能性があります。この二重の負担が重なっているのではないかという考えですが、論文の中ではあくまで考察として示されています。
この研究は、リン化水素が効きにくくなったコクゾウムシに対し、安息香酸メチルを加えることで、少ないリン化水素でも24時間以内に高い殺虫効果が得られることを実験室で示しました。ただし、試験は成虫を対象とした小さな密閉容器での結果です。著者ら自身も、大量の穀物の中でのガスの広がりや吸着の影響は、実際の貯蔵条件では異なりうると述べています。
原著論文の著者・所属:Hwal-Su Hwang(Department of Plant Medicine, Kyungpook National University, Daegu 41566, Republic of Korea)、Mst. Fatema Khatun(Department of Entomology, Gazipur Agricultural University, Salna, Gazipur 1706, Bangladesh)、Md Munir Mostafiz(Crop Science Department, Teagasc, Oak Park, R93XE12 Carlow, Ireland)、Jun-Ran Kim(Plant Quarantine Technology Center, Animal and Plant Quarantine Agency, Gimcheon 39660, Republic of Korea)、Bong-Su Kim(Plant Quarantine Technology Center, Animal and Plant Quarantine Agency, Gimcheon 39660, Republic of Korea)、Soo-Jung Suh(Plant Quarantine Technology Center, Animal and Plant Quarantine Agency, Gimcheon 39660, Republic of Korea)、Kyeong-Yeoll Lee(Department of Plant Medicine, Kyungpook National University, Daegu 41566, Republic of Korea; Institute of Plant Medicine, Kyungpook National University, Daegu 41566, Republic of Korea)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hwal-Su Hwang, Mst. Fatema Khatun, Md Munir Mostafiz, et al. Synergistic Insecticidal Efficacy of the Natural Fumigant Methyl Benzoate Against Phosphine-Resistant Sitophilus oryzae. Life 2026-10-09. DOI: 10.3390/life16101688. 原著ライセンス:CC BY.