壬生菜(みぶな)のしゃきしゃきした歯ざわりと、すぐきの酸味。どちらも京漬物の持ち味ですが、塩で漬けた野菜がそこへ至る道筋は違います。壬生菜は色と歯ごたえを残すため、本漬けを一晩で仕上げます。すぐきは漬けたあとに温めた部屋へ移し、発酵によって酸味を育てます。

漬物の違いには、何を残し、どんな味へ変えていくかに加え、どの季節の野菜を使うかも関わります。壬生菜漬、すぐき漬、千枚漬、しば漬、菜の花漬を、素材の時期と、その仕上がりをつくる仕事から見ていきます。

この五つは、素材の時期も、漬けて食べるまでの時間も同じではありません。花を摘む時期、夏の赤シソを漬ける時期、冬のカブを仕込む時期があり、発酵させる漬物では、漬けてからの時間も味に関わります。十月上旬の今は、千枚漬やすぐきの新漬けの季節を迎える前。季節の素材をすぐ食べる漬物と、熟成させてその先の季節に食べる漬物の違いもたどります。

壬生菜漬――短く漬けることで残るもの

壬生菜は水菜の仲間ですが、葉を見ると区別できます。水菜のような深い切れ込みがなく、先が丸い、スプーンに似た形です。京都市の資料には、文化元年(1804)の文献に壬生で産する壬生菜の記載があると紹介されています。土地の名を持った野菜は、現在では京都市内の広い範囲で栽培されています。

千枚漬に添える大株の壬生菜は、12月ごろから市場に出回り、1月をピークに3月ごろまで販売されると農林水産省は紹介しています。近年は小株での栽培も定着し、一年を通して手に入るようになっています。

漬物になっても、壬生菜の辛みや香り、しゃきしゃきした歯ざわりが特徴です。そのための漬け方は、まず塩で下漬けし、翌日に洗ってから、もう一度塩を使って重石をするというもの。下漬けを経たあとの本漬けは、一晩で仕上げます。

ここで短い時間を選ぶ理由は、色と歯ごたえを残すことにあります。日数だけを比べれば、手早くできる漬物に見えます。しかし、仕上がりから工程を見ると、短さそのものが野菜の持ち味に関わっています。壬生菜が千枚漬に添えられることもあり、味や歯ざわりが楽しめます。

すぐき漬――塩だけの材料から、酸味が育つ

すぐき漬けは、カブの一種である「すぐき菜」と塩だけで漬け込み、植物性乳酸菌の力で自然発酵させた京都を代表する伝統的な漬物です。すぐき独特の酸味は、酢を加えた味ではなく、乳酸発酵によって生まれる味です。

材料のすぐき菜は、上賀茂に伝わるカブの一種。「酸茎」とも書きます。かつて上賀茂神社の社家、つまり神社に仕える人々の家で栽培・加工されていたものが、地域の農家へ受け継がれました。京都府では、今も住宅地の間にすぐき菜の畑があり、冬には地域の畑にすぐき菜が広がる様子が分かります。地名は過去の由来だけでなく、現在の栽培にもつながっています。

収穫したすぐき菜は、細い根を削り、漬け上がりを考えて形をそろえる「面取り」から始めます。大きな樽で荒漬けしたあと、塩を振りながら本漬け用の小さな樽へ詰めます。重さをかける伝統的な方法に、てこの仕組みを使った「天秤漬け」があります。現在は機械を使った漬け込みも一般的になっています。

本漬けを終えた樽は、「室(むろ)」という温めた部屋に入れて発酵させます。塩で漬ける作業だけで完成するのではなく、その先に、乳酸菌の働きで酸味が生まれる工程があるのです。形を整える手仕事、重さをかける漬け込み、室での発酵。味をつくる仕事は幾段階もあることが分かります。

すぐきは冬の新漬けから、その後の熟成まで味わいが変わります。12月ごろに新漬けが出回り、翌年5月の京都の伝統的な葵祭を過ぎるころには、発酵の進んだ深い酸味の「時候慣れすぐき」が出て来る頃です。お店によっては、樽で管理したものを少しずつ出すものや、熱処理をした真空パックの商品も扱います。買ったすぐきがすべて季節とともに発酵を続けるわけではありませんが、樽で熟成させるすぐきには、冬の新漬けとは違う味を待つとされています。

千枚漬――大きなカブを、薄い一枚へ

同じカブ類でも、千枚漬はすぐき漬とは別の仕上がりを目指します。使うのは聖護院カブ。大きなものは4〜5kgほどになるカブを、皮を厚くむき、丸のまま薄く削って漬けます。大きな根をそのまま残すのではなく、輪郭を生かした薄片に変えるところから、千枚漬の姿ができます。

聖護院カブには、近江カブの種を聖護院の農家が持ち帰り、栽培と改良を重ねた歴史があります。京都市の説明では、品種によって根の形や上部のくぼみが異なり、くぼみの小さい晩生種は千枚漬用として歩留まりがよいとされているそうです。

カブを3mmほどに削り、みりん・酢・砂糖で味付けした昆布と交互に樽へ並べ、3日ほどで仕上げます。出来上がりの特徴は、昆布のぬめりと淡く繊細な味わい。現在の千枚漬は食酢を使って漬けるもので、すぐきの乳酸発酵による酸味とは、味をつくる道筋が違います。

千枚漬は冬を代表する漬物ですが、売り出しは晩秋から。京都千枚漬事業協同組合は、販売期間を10月末から翌年3月中旬と定めています。一方、京都府が紹介する聖護院カブの出回りは11月中旬から2月下旬です。原料の出回りと、店に千枚漬が並ぶ時期には幅があります。

しば漬――発酵の酸味に、赤シソの香りが重なる

すぐき漬と同じ乳酸発酵でも、しば漬ではナスと赤シソが味の中心になります。大原の「生しば漬」は、ナスと赤シソを塩で漬けて発酵させたもの。紫色とシソの香りが特徴です。漬物店・赤尾屋の「なすのしば漬」も、原材料にナスとシソ、漬け原材料に食塩を掲げ、乳酸発酵による酸味を説明しています。

シソの香りを合わせ、乳酸発酵で酸味を生む。

京都市大原は赤シソの産地で、発色や香りが評価されています。建礼門院が漬物を献上され、その紫色にちなんで「紫葉漬」と名付けたとも伝わります。シソの色に目を留めたという名前の話が、今のしば漬の特徴とも重なります。ここでは土地の野菜が、色と香り、そして名前の由来まで結び付けています。

現在のしば漬にはキュウリやミョウガを加えたものもあります。ナスとシソを約2か月熟成させる製法もあれば、農林水産省では、キュウリやミョウガなども使う作り方が紹介されています。同じ品名でも、使う野菜や漬け方には幅があり、楽しめる漬物でもあります。

しば漬に使う大原の赤シソには、夏の収穫期があります。7月には収穫に合わせた「赤しそ開き」も開かれますが、しば漬そのものは保存食として一年を通して食べられています。夏の赤シソを漬け込んだしば漬は、熟成を経て、食卓に上がります。

菜の花漬――油を採る畑から、花を食べる漬物へ

菜の花漬には、畑の用途から食べ物が生まれた話があります。京都市 松ヶ崎では、灯明の油を採るために菜の花を育てていました。その途中で間引いた花を漬けたのが始まりとされ、「松ヶ崎漬」とも呼ばれます。漬物のためだけに育てた畑ではなく、油を採る仕事の中で、食べる部分も見いだされたのです。

春の味として親しまれる花菜は、冬から出回ります。京都府が示す出回り時期は12月中旬から4月中旬。菜の花漬については、業者は、2〜4月ごろの春の商品として紹介しています。冬の終わりから春にかけて、花を漬けて食べる季節の漬物です。

漬けるのは、つぼみから七分咲きまでの菜の花。ほろ苦さが特徴です。今は浅漬けが多い一方、昔ながらの糠漬けもあります。糠漬けの一例では、塩で下漬けした後に赤トウガラシと糠袋を入れ、重石をして3週間ほどで仕上げます。菜の花漬には、素材のほろ苦さを持ちながら、漬け方の違うものがあるのです。

漬けた季節と、食べる季節

葉を漬ける壬生菜、根を漬けるカブ類、ナスと赤シソを合わせるしば漬に、花を使う菜の花漬が加わります。京漬物は、京都の周辺で育てた野菜を使い、都市の食を支えてきました。ご飯に添える、お茶漬けにする、酒の肴にする。味の楽しみが一つ増えると良いですね。

夏の赤シソを使ったしば漬は、年中食べられますが、十月上旬の今は、冬の新漬けを待つ時期です。採れた野菜を短く漬けて食べるものと、発酵させてあとから食べるもの。京漬物には、野菜が採れる季節を味わう楽しみと、熟成した味を楽しむことの両方楽しめることができるのです。

参考資料