近年、フレキシタリアンやベジタリアン、ヴィーガンといった食生活を選ぶ人が増えています。加えて新型コロナウイルス流行後には卵の価格が高騰したこともあり、食品業界では卵の代わりに使える「代替乳化剤」への関心が高まっています。乳化剤とは、水と油のように本来混ざりにくいものを均一に混ぜ合わせる働きを持つ成分で、ケーキなどの焼き菓子作りに欠かせない存在です。今回紹介する研究は、紅藻の一種であるChondrus crispus(別名スタケハウス)から作られた加水分解物に注目し、これを植物由来の乳化剤としてヴィーガンケーキに応用できるかを調べたものです。
ひよこ豆の煮汁(アクアファバ)やオーツ由来のたんぱく質は、卵たんぱく質が持つ泡立ちや乳化といった機能を模倣できる植物性素材として知られています。ただし、要旨によれば、オーツミルクのたんぱく質は大豆や乳製品に比べてたんぱく質量が少なく、炭水化物が多いため血糖値が急上昇しやすいという課題があるとされています。こうした背景から、研究チームはさらに別の選択肢となる代替乳化剤の開発を目指しました。
研究でわかったこと
研究では、紅藻Chondrus crispus Stakehouseを加水分解処理し、乳化剤として使えるかどうかを試験管内(in vitro)の実験で評価しました。そのうえで、この加水分解物を乳化剤として用いたヴィーガンフェアリーケーキ(プレーンな小さな焼き菓子)の試作品を実際に作り、たんぱく質・灰分・脂質などの基本的な成分を、従来の卵を使ったフェアリーケーキと比較しています。
その結果、Chondrus crispusを加水分解することで、含まれるたんぱく質のうち17.37%を抽出できることが示されました。この処理によって乳化特性が改善し、食品への応用がより魅力的になることが示唆されています。さらに、加水分解物の中からGIPDEWMGL、VLPSLPFM、GGPAGGGPAGGDAGLA、AQVPPLPNMPRMPAという配列を持つ新しいバイオ活性ペプチド(生理活性を持つ可能性のあるたんぱく質の断片)が同定されました。これらについては、コンピューター上でのシミュレーション解析(in silico解析)により、抗炎症作用や抗糖尿病作用の可能性が示唆されたと報告されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、海藻由来の加水分解物が卵に代わる植物性乳化剤として使える可能性を示した一つの研究であり、結論が確定したわけではありません。特に、抗炎症・抗糖尿病作用については、実際に人が摂取した際の効果を確認したものではなく、コンピューター上の解析による可能性の指摘にとどまる点には注意が必要です。また、比較対象は従来の卵入りフェアリーケーキであり、今回の成分比較や乳化特性の評価が、他の食品や調理条件でも同様に当てはまるかどうかは、要旨からは分かりません。
まとめ
卵の価格高騰や植物性食品への関心の高まりを背景に、この研究では紅藻Chondrus crispusの加水分解物をヴィーガンケーキ用の乳化剤として試作・評価しました。加水分解によりたんぱく質の一部が抽出可能となり、乳化特性の向上や、抗炎症・抗糖尿病作用が期待される新規ペプチドの同定が報告されています。海藻という身近な資源が、今後の食品開発における新たな選択肢の一つとなるのか、今後の研究の広がりが注目されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:Chondrus crispus Stakehouse加水分解物の機能性・栄養性および潜在的生理活性健康効果の利用と、選定した焼き菓子における乳化剤としての使用実証(アプライド・サイエンシズ・2026年08月)