この研究は、イランの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Scientific Reports
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
トマトは赤い色素であるリコペンを豊富に含みます。リコペンはカロテノイドと呼ばれる天然色素の一種で、著者らは強い抗酸化作用や抗炎症作用が注目されている成分だと説明しています。ところが、リコペンは油に溶けやすく水にはほとんど溶けない性質を持ち、酸素や光、熱で壊れやすいため、飲料のような水を主体とした食品に加えるのは難しいという課題が残っていました。
そこで着目されたのが「ナノエマルション」です。これは、油の粒を数十〜数百ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1ミリ)というごく小さな粒として水中に分散させたもので、油に溶ける成分を水の中に均一に行き渡らせ、酸化や熱による分解から守る働きが期待されています。こうした粒を安定に保つには「乳化剤」(水と油をなじませる物質)が欠かせません。
著者らは、トマト加工の際に廃棄される皮などにリコペンが多く含まれる点にも触れたうえで、抽出とナノエマルション化を同時に行う方法を用い、乳化剤の種類を変えると得られるナノエマルションの性質と働きがどう変わるのかを、同一の条件下で系統的に比べることを本研究の目的としたと述べています。
何を調べたか
論文によると、乾燥させたトマトの搾りかすを水と有機溶媒(酢酸エチル)を使って処理し、溶媒置換法と超音波処理を組み合わせてリコペンのナノエマルションを作製しました。この工程で使う乳化剤として、牛乳由来のタンパク質であるカゼインナトリウム(SC)、合成の非イオン性界面活性剤であるトゥイーン20(TW)、植物由来の天然成分であるサポニン(SP)の3種類が比較されています。著者らは、タンパク質系と非タンパク質系、そして合成系と天然系という対比ができる組み合わせだと位置づけています。
評価された項目は、粒子の平均サイズ、粒子サイズのばらつきを表す多分散指数(PDI)、粒子表面の電気的な帯電の程度を示すゼータ電位、リコペンの含有量、抗酸化活性(FRAP法とDPPH法の2種類)、ウシ血清アルブミン(BSA)を用いたタンパク質変性の抑制活性、そして胃液・腸液を模した液(SGF・SIF)に置いたときのリコペン残存率と分解速度です。比較対象として、乳化剤を使わずに調製したマクロ構造のリコペン抽出物も併せて測定されました。
主な報告結果
粒子の大きさでは、サポニンで安定化したものが約63ナノメートルと最も小さく、サイズ分布も比較的そろっていました。一方、カゼインナトリウムを使ったものは粒子が最も大きかったものの、ゼータ電位の絶対値が約−35ミリボルトで最も高く、リコペンの含有量も乾燥トマト廃棄物1グラムあたり約74マイクログラムで最大でした。乳化剤を使わないマクロ構造の抽出物は約52マイクログラムで、3種類のナノエマルションはいずれもこれを上回っていました。
抗酸化活性は測定法によって順位が異なりました。DPPH法ではサポニンのナノエマルションが約96%と最も高く、鉄イオンの還元力をみるFRAP法ではカゼインナトリウムのものが最も高い値を示しています。著者らは、2つの試験法で測る反応の仕組みが違うこと、またリコペン濃度をそろえずに測定しているため、結果は製剤全体としての性能であって、リコペン単独の働きを示すものではないと注意を促しています。タンパク質変性の抑制活性ではサポニンが約52%で最も高く、乳化剤なしの抽出物が約22%で最も低い値でした。
消化を模した条件では、胃液を模した液に3時間置いた後のリコペン残存率が、サポニン約83%、カゼインナトリウム約71%、トゥイーン20約64%に対し、乳化剤なしの抽出物は約35%にとどまりました。腸液を模した液では全体に残存率が下がり、トゥイーン20が約31%で最も高く、サポニン約27%、カゼインナトリウム約20%と順位が入れ替わっています。分解の速さを一次反応として計算した結果でも、胃液条件ではサポニンの分解速度定数が最も小さく(0.062毎時)、半減期は11.18時間と最も長くなりました。
著者らは結果の読み方について、いくつもの留保を明記しています。腸液中での残存率の低下は化学的な分解だけでなく、消化の過程でできる別の相へのリコペンの移動や回収操作の限界を反映している可能性があること、今回の消化試験は残存率の評価であって、体内でどれだけ吸収に利用できるか(生物学的利用能・バイオアクセシビリティ)を測ったものではないことです。またBSAを用いた試験は抗炎症作用を示唆する予備的なスクリーニングにすぎず、細胞や生体を用いた検証が別途必要だとしています。粒子表面の詳しい構造や界面での挙動は直接測定しておらず、なぜ差が出たのかという仕組みの説明は推測の域を出ない、とも述べられています。
この研究が示すこと
同じ作り方でも、選ぶ乳化剤によってリコペンのナノエマルションは粒の大きさから抗酸化の測定値、消化条件下での残りやすさまで大きく変わる——それがこの研究から読み取れる中心的な知見です。しかも「どれが一番優れているか」は一つに定まりません。粒の小ささと胃液中での残存率ではサポニン、リコペンの含有量と帯電の強さではカゼインナトリウム、腸液中での残存率ではトゥイーン20と、評価する項目ごとに上位が入れ替わりました。
著者らはこの結果を、脂溶性の機能性成分を運ぶ食品用のナノ送達システムを設計する際、何を優先するかに応じて乳化剤を選ぶ必要があることを示すものと位置づけています。単一の「最良の処方」を探すのではなく、目的に照らして特性の組み合わせを見極めるという視点を、比較データとして提示した研究だといえます。
著者:Maryam Asemani(Faculty of Food Science, Sufian Branch, Islamic Azad University, Sufian, East Azarbaijan, Iran)、Navideh Anarjan(Department of Basic Science, Biotechnology Research Center, Tabriz Branch, Islamic Azad University, Tabriz, East Azarbaijan, Iran)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Maryam Asemani, Navideh Anarjan. Comparative evaluation of protein- and non-protein-stabilized lycopene nanoemulsions: physicochemical properties, antioxidant activity, protein denaturation inhibition, and gastrointestinal stability. Scientific Reports 2026-08-26. DOI: 10.1038/s41598-026-68199-x. 原著ライセンス:CC BY.