著者の所属・活動拠点の国は、イギリスです。

掲載誌:Medical Research Archives

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

原因不明の肺線維症に、獣医学の知見から手がかりを探る

特発性肺線維症(IPF)は、肺の組織が徐々に硬く厚くなる「線維化」が進み、せきや息切れが強まっていく病気です。「特発性」とは原因が分からないという意味です。著者によると、この病気は1970年代後半に新しい病気として認識されるようになり、その後も患者数と死亡数が増え続けています。男性に多く、50代で見つかることが多いとされます。疫学の研究者は何らかの環境要因が関わっていると考え、喫煙、バイオマス燃料、大気汚染などを候補に挙げてきましたが、確立した原因はまだありません。

このミニレビューで著者は、同じ1970年代ごろに獣医学の分野で報告されていた家畜の肺の病気に注目しました。牛などがアブラナ科の飼料作物を食べたあとに起きる肺の障害で、特に健康な高齢の雄に多かったといいます。著者は、この家畜の病気とIPFに多くの共通点があることを示し、食事を通じたアブラナ科由来の成分がIPFに関わっている可能性を問いかけています。

家畜の肺の病気で何が分かっていたのか

論文が紹介する獣医学の研究では、青々と茂った牧草や、アブラナ科の飼料作物に含まれるアミノ酸の一種L-トリプトファンが、牛の胃(ルーメン)の細菌によって「スカトール」という脂に溶けやすい物質に変えられることが示されていました。スカトールは血液から肺の肺胞(空気と血液の間でガス交換をする小さな袋)の細胞などに集まり、肺の酵素によってさらに毒性の強い物質に変えられて細胞を傷つけます。大量に取り込むと急性の肺障害で数日のうちに死に至る「フォグ・フィーバー」と呼ばれる状態になり、少量を繰り返し与えると、数か月かけてゆっくり進む肺の線維化が再現されたと報告されています。

獣医師たちは飼料の量を変えることで急性と慢性の両方の病気を実地で再現し、飼料全体に占めるアブラナ科作物の割合を10%未満に減らすことで病気を終わらせることができたと、著者は紹介しています。また、雄に多い理由として、男性ホルモンが肺の酵素の働き方に影響し、毒性物質ができやすくなる仕組みが考えられていたことにも触れています。

人の病気との共通点と、著者の過去の観察

著者は、家畜で見られた特徴とIPFの特徴を並べて比べています。男性に多いこと、肺胞の細胞が選択的に傷つくこと、肺の下の方から線維化が始まること、そして甲状腺の働きの低下、肝臓の線維化、肺高血圧症、糖尿病、動脈の病気などがIPF患者に多く見られることです。これらは、アブラナ科の植物に含まれる「グルコシノレート」という硫黄を含む成分やその分解物によって家畜で起こりうる変化と重なると論じています。さらに、1981年にスペインで工業用の菜種油が食用油として売られて起きた「有毒油症候群」でも、呼吸器の障害に続いて肝臓や甲状腺の異常、肺高血圧症などが現れたことを、比較の材料として挙げています。

人の食生活では、アブラナ科の野菜の摂取量は季節変動を除けば大きく変わっていないものの、一部の国では従来の食用油が菜種由来のキャノーラ油に置き換わり、特に加工食品を通じて摂取が増えていると著者は指摘します。例として英国では、菜種油の輸入量が1970年の年間6000トンから2023年には72万4000トンを超えるまでに増えたと記されています。

著者は以前に発表した小規模な観察結果も紹介しています。健康な医療スタッフ8人が菜種油を食事から2週間除いたあと、1日10mL、続いて20mLを各1か月とったところ、炎症などに関わる血液中の物質(腫瘍壊死因子α、MMP-7など)やチオシアン酸が、開始前に比べて有意に上昇したと報告されています。また、IPFなどの線維性の肺の病気をもつ患者16人が菜種油の摂取を70%減らしたところ、4週間でせきが止まったと報告し、約5年の経過観察で肺機能やCT所見がおおむね安定していたとしています。著者はこうした観察や獣医学のデータを踏まえ、食事によるアブラナ科成分の摂取と肺線維症の間に、もっともらしい関連があるのではないかという疑問を投げかけています。

このほか著者は、アブラナ科由来の成分の代謝でできる脂に溶けやすい物質が腸のリンパ管を通じて肺の下部に届く可能性という仮説や、13か国について食用の菜種油の年間使用量とIPFの報告発生率を予備的に見比べた検討にも触れています。

このレビューが示すもの

この論文は、原因不明とされてきたIPFについて、獣医学ですでに詳しく調べられていた家畜の肺の病気との類似点を体系的に整理し、食事、特にアブラナ科由来の成分を新たな検討対象として提示したものです。著者自身も、人での関連は「可能性」や「疑問」として論じており、原因として確立されたものではありません。分野をまたいで知見を突き合わせることで、原因探しの新しい視点を示そうとした試みといえます。

原著論文の著者・所属:V. A. Varney(AUTHOR AFFILIATIONS Department of Respiratory Medicine , St Helier Hospital , Surrey , UK; Department of Respiratory Medicine , St Helier Hospital , Surrey , UK)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):V. A. Varney. Idiopathic pulmonary fibrosis shows a striking resemblance to dietary glucosinolate induced fibrotic lung disease in farm animals: A mini review.. Medical Research Archives 2026-07-30. DOI: 10.18103/mra.v14i7.7610. 原著ライセンス:CC BY.