年齢を重ねると、噛む力や飲み込む力が徐々に弱くなっていくことがあります。日本では高齢化率が2024年時点で29.3%と過去最高を更新し、世界の中でも高い水準にあるとされています。こうした背景の中、噛みやすく飲み込みやすいように調整された市販の「嚥下食」「介護食」への需要が広がっており、この動きは日本だけでなく世界的な傾向でもあると紹介されています。日本国内では多くの企業がこの市場に参入し、スーパーやドラッグストアといった身近な店舗で様々な調理済みの嚥下食・介護食が購入できるようになっているとのことです。2023年度の国内市場規模はおよそ2000億円にのぼり、今も拡大が続いているといいます。
なぜ食品の「内部構造」を調べる必要があるのか
嚥下食のような、これまでとは異なる形態や特性を持つ食品を開発するうえでは、食品そのものの構造を詳しく分析することが重要だと述べられています。食品の構造やテクスチャーは、口当たりや舌触り、のどごしといった食感だけでなく、飲み込みやすさや、噛んで飲み込むまでの一連のプロセスとも関わっているためです。さらに、食品の構造は微量栄養素のありかたにも影響し、食感によっては食べ過ぎや好ましくない食習慣につながる可能性がある、とも指摘されています。
ただし、構造を調べるための画像化には課題がありました。従来、走査電子顕微鏡や共焦点レーザー走査顕微鏡で食品を観察する場合、試料を切り分けたり、凍結させたり、染色したりといった前処理が必要になります。これらはいずれも試料に手を加える侵襲的な処理であり、食品をそのままの状態で非破壊的に画像化することは難しいという問題があったといいます。
X線位相コントラストイメージングという手法
この研究では、こうした課題を克服する評価方法として近年導入されつつある「X線位相コントラストイメージング法」を取り上げ、実際に市販の嚥下食を含む米飯製品を測定した結果が紹介されています。この手法は、X線が試料を透過する際にわずかに生じる位相のずれを利用して画像を作り出す点が特徴です。病院や産業分野で広く使われているX線撮影は、一般的に「吸収コントラスト」という仕組みで画像を得ていますが、この方法では食品のように原子番号の小さい元素からできていて吸収係数が小さい試料をうまく可視化することが難しいとされています。位相コントラストという別の仕組みを使うことで、こうした軽元素からなる試料の内部構造を、切ったり染めたりせずに観察できる可能性がある、という位置づけで紹介されています。
あわせて、この画像化の結果を、食品のかたさや粘りなどを機器で測定する「テクスチャープロファイルアナリシス」の結果と比較したことも報告されています。さらに、嚥下食を分類するための基準——特別用途食品、嚥下調整食学会分類、ユニバーサルデザインフードなど、日本国内で目的別に定められている複数の基準や、国内外の分類の考え方についても合わせて紹介されているとのことです。
この報告を読むうえで気をつけたいこと
この発表は、日本食品科学工学会大会の講演要旨として公表されるもので、X線位相コントラストイメージング法という手法の紹介と、市販の米飯製品を対象にした測定結果の報告が中心になっています。要旨の時点では、具体的にどの食品でどのような画像が得られ、テクスチャー測定の結果とどの程度対応していたかといった詳細な数値までは示されていません。手法の有用性を探る一つの報告であり、この結果だけで嚥下食の設計や評価方法が確立したと結論づけるものではない点には留意が必要です。
なお、著者は日本の研究機関に所属しており、今回取り上げられている嚥下食・介護食の市場動向や分類基準も日本国内の状況を踏まえたものです。
まとめ
高齢化が進み在宅での食事づくりの負担が注目される中、噛みやすく飲み込みやすい市販食品への関心は今後も続くと見られます。今回紹介された研究は、そうした食品の内部構造を切ったり染めたりせずに見る新しい画像化手法を紹介し、実際の米飯製品を用いた測定例を示したものです。今後、より多くの食品や条件での検証が積み重ねられることで、食品の構造と食べやすさの関係についての理解が深まっていくことが期待されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Hiromi Miki. X線位相コントラストイメージングによる市販嚥下食の構造の画像化. 日本食品科学工学会大会講演要旨集 (2026). DOI: 10.3136/aamjsfst.72.0_21.