日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Frontiers in Plant Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ涙の原因となる酵素を狙ったのか
タマネギを切ると涙が出るのは、切った瞬間に「催涙因子」と呼ばれる刺激性の揮発性物質ができるためです。この物質は、タマネギに含まれる硫黄化合物から酵素の働きで生じた中間物質を、「催涙因子合成酵素(LFS)」がさらに変化させることで作られます。自然界では、虫や病原体から身を守る化学的な防御の仕組みと考えられています。
論文によると、以前に別の遺伝子技術(RNA干渉)でLFSの働きを抑えたタマネギでは、催涙作用が弱まるだけでなく、風味や健康機能性に関わる可能性のある「チオスルフィネート」という成分が増えたと報告されています。一方、重イオンビームによる突然変異で作られた涙の出ないタマネギでは、LFSより手前の段階の酵素の遺伝子の働きが抑えられており、チオスルフィネートも減っていると示唆されていました。そのため研究チームは、LFSだけを狙って抑えることが望ましいと考えています。ただし、LFSの働きが低いタマネギは、従来の交配育種では作られておらず、自然の変異体としても見つかっていませんでした。
そこで研究チームは、狙った遺伝子を精密に書き換えられるゲノム編集技術「CRISPR/Cas9」を使い、LFSの働きを下げたタマネギを作ることを目指しました。タマネギは遺伝子導入やゲノム編集が特に難しい作物とされ、タマネギ特有の性質を決める遺伝子を標的にした報告はこれまでなかったと著者らは述べています。
遺伝子を導入しやすい細胞の選抜から始めた
研究では、品種「泉州中甲高黄」の種子から得た根をもとに、未分化の細胞のかたまりである「カルス」を作りました。このカルスに、植物へ遺伝子を運ぶ性質をもつ土壌細菌アグロバクテリウムを使って、ゲノム編集の道具(Cas9とガイドRNA)と、光る目印となる緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子などを導入しました。ガイドRNAは、LFS遺伝子のどこを切るかを指定する案内役で、研究チームは7種類を設計しました。
同じ品種でも、種子ごとに由来するカルスによってGFPが安定して光る割合は大きく異なり、遺伝的な性質への依存が強いことが分かりました。最も効率の高かったカルス系統では、ある実験で86.3%が安定して光りました。研究チームはこのように導入効率の高い系統を「エリートカルス系統」として選び、1年以上の継代培養後も植物体を再生する能力が保たれることを確認したうえで、ゲノム編集に用いました。
LFS遺伝子の変異と酵素活性の低下
GFPが安定して光った483のカルス系統を調べたところ、101系統でLFS遺伝子に変異が見つかりました。変異が見つかったカルスから71の植物体が再生し、そのうち正常に育った30系統を次世代シーケンサーで詳しく解析した結果、19系統で変異が確認されました。このうち5系統では、読み取った遺伝子配列の半分以上に変異が入っていました。
試験管内で育てた4系統の葉でLFSの活性を測ると、いずれも対照植物(遺伝子は導入されたもののLFS遺伝子は編集されていなかった株)の40%未満に低下していました。最も低かった系統は対照の21.5%で、この系統は変異の割合も最も高いものでした。変異の割合が高いほど活性が下がる関係も見られました。
しかし、これらの植物を土に植え替えると生育が著しく遅れ、4系統のうち3系統が枯れてしまいました。残った1株も十分な大きさの球(りん茎)にならず、種子は得られませんでした。そこで研究チームは新たに得た4系統を試験管内で育てて球を作らせ、その球でLFS活性を調べました。すべての球で、遺伝子導入をしていない対照より活性が低く、変異の割合と活性低下の間にはさらに強い関係が見られました。なお、著者らは、種子が得られず生物学的な反復実験ができなかったため、これらの活性データは記述的で予備的なものだと位置づけています。
成果と残された課題
研究チームは、ゲノム編集によってタマネギのLFS活性を下げられることを示し、涙の出にくいタマネギを作れる可能性を示す原理実証になったと結論づけています。タマネギ特有の性質を担う遺伝子を、ゲノム編集で狙って変えられることを示した点がこの研究の大きな意味です。
一方で、編集した植物は葉や根の形の異常や球の形成不良を示し、種子も得られませんでした。著者らは、遺伝子導入をしていない長期培養カルス由来の植物も球が小さかったことや、変異が少なくLFS活性が高く残った株でも形の異常が見られたことから、主な原因はLFSの低下そのものではなく、長期間のカルス培養にある可能性が高いと考えています。ただし、カルスを経ずに作った編集植物と比べられていないため、LFS低下や意図しない部位の編集の影響は完全には否定できないとしています。論文は、カルス培養を必要としない方法が、正常に育つ涙の出にくいタマネギの作出につながる可能性があるとまとめています。
原著論文の著者・所属:Shoya Tamaru(Basic Research Division, Research & Development Headquarters, House Foods Group Inc)、Shinsuke Imai(Basic Research Division, Research & Development Headquarters, House Foods Group Inc)、Satoshi Watanabe(Basic Research Division, Research & Development Headquarters, House Foods Group Inc)、Tatsuya Ikegai(Basic Research Division, Research & Development Headquarters, House Foods Group Inc)、Sachie Kondo(Basic Research Division, Research & Development Headquarters, House Foods Group Inc)、Tomoko Igawa(Graduate School of Horticulture, Chiba University; Plant Molecular Science Center, Chiba University; Research Center for Space Agriculture and Horticulture, Chiba University)、Takahiro Kamoi(Basic Research Division, Research & Development Headquarters, House Foods Group Inc)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Shoya Tamaru, Shinsuke Imai, Satoshi Watanabe, et al. Generation of lachrymatory factor synthase-suppressed onion (Allium cepa L.) by Agrobacterium-mediated gene transfer for CRISPR/Cas9 genome editing. Frontiers in Plant Science 2026-09-30. DOI: 10.3389/fpls.2026.1949452. 原著ライセンス:CC BY.