この研究は、ポーランド、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Journal of Experimental Botany

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

苦みの原因となる酵素に狙いを定める

ダッタンソバは、厳しい環境でも育ちやすい穀物のような作物です。グルテンを含まず、タンパク質やミネラルに加えて、フラボノイドの一種であるルチンを多く含みます。一方で、種子の強い苦みが普及の妨げになっていると、著者らは述べています。

この苦みの主な原因とされているのが、種子に含まれる「ルチン分解酵素」です。粉にしたり水に触れたりすると、この酵素がルチンを分解し、苦みの強いケルセチンという物質ができます。加熱処理で酵素を失活させる方法はありますが、費用がかかり、粉の性質にも影響しうるとされています。また、交配によって苦みの少ない品種「満天きらり」が育成されていますが、その性質を生む遺伝子は十分に分かっていませんでした。

これまでの研究では、FtRDE2という遺伝子がこの酵素の候補とされ、種子で強く働くことが報告されていました。ただし、この遺伝子が種子の苦みに関わることを遺伝学的に直接示した証拠は限られていました。そこで研究チームは、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を使ってFtRDE2を壊し、苦みが変わるかを調べました。

遺伝子を壊した系統をつくり、成分・酵素活性・味を比べる

研究チームは、ダッタンソバの培養細胞の塊に、ゲノム編集の道具となる遺伝子を導入して植物体を再生させました。再生した83個体のうち19個体で導入が確認され、そのうち13個体でFtRDE2に変異が入っていました。

詳しい解析には、性質の異なる2つの系統を選びました。1つは、遺伝子に塩基が挿入されて読み枠がずれ、途中で翻訳が止まる系統です。もう1つは、読み枠はずれないものの、アミノ酸が1個または2個欠ける小さな欠失をもつ系統です。分析には、ゲノム編集の道具の遺伝子が検出されなかった親から得た次々世代の種子を使いました。

比較の対象は、編集していないダッタンソバと、ルチンが少なく分解酵素の働きも弱い普通のソバです。種子の粉に含まれるルチンとケルセチンの量を測り、粉の抽出液がルチンを分解するかを複数の方法で調べました。さらに、訓練を受けた15人の評価者が、編集していない粉と変異系統の粉のどちらがより苦いかを判定しました。

ルチンは保たれ、分解の働きは検出されず、苦みも弱まった

種子の粉に含まれるルチンの量は、編集していないダッタンソバで乾燥重量1gあたり約20mgでした。変異系統では約22〜24mgで、ダッタンソバ本来の高いルチン量が保たれていました。普通のソバは約0.22mgでした。ケルセチンは両変異系統で少ない傾向がありましたが、編集していないダッタンソバとの差は統計的に有意ではありませんでした。

酵素の働きには明確な違いが見られました。ルチンを加えて反応させると、編集していないダッタンソバでは5分以内にルチンの大部分が分解され、ケルセチンが増えました。一方、2つの変異系統ではルチンもケルセチンも時間がたっても変わらず、試験条件の下で分解活性は検出されませんでした。別の手法でも、変異系統に酵素活性は見られませんでした。

味の試験では、45回の判定のうち、編集していない粉の方が苦いと判断された回数が、1つ目の系統との比較で43回、2つ目の系統との比較で42回でした。評価者ごとの繰り返しを考慮した統計解析でも、偶然とはいえない差と報告されています。また、種子の見た目に目立った違いはありませんでした。編集した遺伝子が次の世代に受け継がれることも確認されています。

読み枠がずれない小さな欠失でも酵素が働かなくなった点について、研究チームはコンピューターによる構造予測を行いました。ただし、ルチンと結合しにくくなったことでは説明できませんでした。研究チームは、基質の向きや酵素の動きに影響した可能性を挙げていますが、これは推測にとどまり、実験での確認が必要だとしています。

苦みの主な原因遺伝子を直接示した成果

著者らは、FtRDE2がルチン分解活性を担う主要な遺伝子であり、ダッタンソバ種子の苦みに大きく関わることを、遺伝学的に直接示したと結論づけています。ルチンを多く保ったまま苦みを抑えられたことは、ゲノム編集がダッタンソバの改良に有効な手段となりうることを示しています。

一方で、この遺伝子を働かなくしたことが、発芽、ストレスへの反応、生育、収量などに与える影響は調べられていません。ゲノム全体の解析も行われておらず、意図しない変異の可能性を完全には否定できないと著者らは述べています。今回つくられた系統は、ルチンとケルセチンの代謝が植物の中で果たす役割を調べるための材料としても位置づけられています。

著者:Artur Piński(Institute of Biology, Biotechnology and Environmental Protection, Faculty of Natural Sciences, University of Silesia in Katowice , Katowice ,)、Magdalena Zaranek(Department of Plant Cytology and Embryology, Institute of Botany, Faculty of Biology, Jagiellonian University in Kraków , Gronostajowa 3, 30-387 Kraków ,)、Joanna Lusinska(Institute of Biology, Biotechnology and Environmental Protection, Faculty of Natural Sciences, University of Silesia in Katowice , Katowice ,)、Przemysław Kopeć(The Franciszek Górski Institute of Plant Physiology, Polish Academy of Sciences , Niezapominajek 21, 30-239 Kraków ,)、Agnieszka Płażek(Department of Plant Breeding, Physiology and Seed Science, University of Agriculture , Podluzna 3, 30-239 Kraków ,)、Paulina Pająk(Department of Food Analysis and Evaluation of Food Quality, Faculty of Food Technology, University of Agriculture , Balicka Str. 122, 30-149 Kraków ,)、Przemysław Petryszak(Department of Plant Biology and Biotechnology, Faculty of Biotechnology and Horticulture, University of Agriculture in Krakow , Ave. Mickiewicza 21, Krakow, 31-120 ,)、Anna Kostecka‐Gugała(Department of Plant Biology and Biotechnology, Faculty of Biotechnology and Horticulture, University of Agriculture in Krakow , Ave. Mickiewicza 21, Krakow, 31-120 ,)、Meiliang Zhou(Institute of Crop Sciences, Chinese Academy of Agricultural Sciences , Beijing ,)、Alexander Betekhtin(Institute of Biology, Biotechnology and Environmental Protection, Faculty of Natural Sciences, University of Silesia in Katowice , Katowice ,)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Artur Piński, Magdalena Zaranek, Joanna Lusinska, et al. Genome editing of the rutin-degrading enzyme gene FtRDE2 reduces seed bitterness in Tartary buckwheat. Journal of Experimental Botany 2026-10-09. DOI: 10.1093/jxb/erag506. 原著ライセンス:CC BY.