キャベツやほうれん草など野菜には、栽培過程で使われた農薬がごく微量残留することがあります。こうした農薬残留が腸内細菌叢(腸内フローラ)に影響を与え、それが消化器の不調や炎症性腸疾患(IBD)とどうつながるのか、これまで人を対象にした研究がどこまで明らかにしてきたのかを整理したレビュー論文が、コンプリヘンシブ・レビューズ・イン・フード・サイエンス・アンド・フード・セーフティ誌に2026年8月に掲載予定です。著者らは福建中医薬大学附属人民医院や同大学中医証候研究基地、米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校ベックマン先端科学技術研究所に所属しています。
研究チームが対象としたのは、有機リン系、ピレスロイド系、ネオニコチノイド系、有機塩素系、そしてグリホサートという5種類の農薬です。これらの曝露と、腸内細菌叢の変化、腸管バリア機能や炎症、機能性消化器疾患、そしてIBDとの関連を扱った人を対象とする研究を、2010年から2026年4月までのPubMed収載文献から探し出しています。
どのように研究を整理したのか
この論文はPRISMA-ScRという手法に沿ったスコーピングレビューで、新しいデータを取るのではなく、既存の研究を体系的に集めて整理する形式です。文献の引用関係を前方・後方の両方向にたどって関連論文を追加で探し、集まった論文についてはROBINS-EやCochrane RoB2.0という基準を用いてバイアス(偏り)のリスクを評価しています。さらに、5種類の農薬クラスと消化器関連の各アウトカムを掛け合わせた60通りの組み合わせ(セル)を作り、それぞれについてどれだけ研究が存在するかを可視化する「ギャップマトリクス」という方法で全体像をまとめました。
最終的に28件の論文が候補となり、そのうち人を対象とした研究20件が統合の対象になりました。60のセルのうち実際にデータが存在したのは20セル、割合にして33%にとどまり、多くの組み合わせについては人での研究がまだ存在しないことが示されています。
研究でわかったこと
整理された研究の中で最も一貫して関連が示されていたのは、有機塩素系の農薬曝露とIBDとの関係でした。複数の研究でハザード比が1.56から1.61の範囲で示され、フェロー諸島で行われた研究では相対的なリスクが3.04倍という報告もありました。
また、南京で行われた妊娠中の女性を対象にしたコホート研究では、複数の農薬曝露を総合した「環境リスクスコア」が高いほど妊娠糖尿病のリスクが高く、調整オッズ比は4.5であったことが報告されています。この研究では、腸内細菌のDorea属という菌が、農薬曝露と妊娠糖尿病の関連を媒介している可能性が示唆されていました。
一方で、グリホサートとIBDの関連、およびネオニコチノイド系農薬と消化器アウトカムとの関連については、該当する人での研究データが見つからなかったとされています。集められた研究のバイアスリスクについては、22件中11件が中等度と評価されており、研究の質にはばらつきがあることも示されています。
この研究を読むうえでの注意
この論文はあくまで既存研究を整理したスコーピングレビューであり、農薬曝露が消化器の病気を引き起こすと断定するものではありません。60通りの組み合わせのうち3分の1程度しかデータがそろっておらず、多くの農薬クラスとアウトカムの組み合わせについては、そもそも人を対象にした研究自体が存在しないことが明らかになっています。著者らは、今後は血液や尿などのバイオマーカーに基づいた前向きコホート研究を増やす必要があると指摘しています。
また、この記事で紹介した研究には日本の研究機関に所属する著者は含まれておらず、論文の要旨や本文の中でも日本の食品や食習慣に関する具体的な言及は見当たりませんでした。
まとめ
今回のレビューは、農薬残留・腸内細菌叢・消化器の健康という3つのテーマをつなぐ人での研究がどこまで蓄積されているかを、体系的に棚卸ししたものです。有機塩素系農薬とIBDの関連など一部で一貫した報告が見られる一方、多くの農薬クラスや消化器アウトカムの組み合わせについてはデータが不足しており、今回の一つの研究だけで結論が確定したわけではない点に留意して読む必要があります。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Chengqian Ye, Qingjie Wu, Zhaochu Wang, et al. Pesticide Residues, Gut Microbiota, and Gastrointestinal Outcomes: A Scoping Review of Human Evidence. コンプリヘンシブ・レビューズ・イン・フード・サイエンス・アンド・フード・セーフティ (2026). DOI: 10.1111/1541-4337.70622. 原著ライセンス: cc-by.