著者の所属・活動拠点の国は、スウェーデン、台湾、デンマークです。
掲載誌:Frontiers in Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
塩分の摂りすぎが血圧や心血管系に良くないことはよく知られていますが、その仕組みのすべてが解明されているわけではありません。近年、腸内細菌叢(腸内フローラ)が全身の健康に関わることが注目されており、マウスやラットを使った実験では高塩食が腸内細菌の構成を乱し、腸のバリア機能を損なう可能性が報告されてきました。ただし、こうした知見が実際にヒトでも当てはまるのかを大規模に調べたデータはこれまで限られていました。今回、スウェーデンの大規模コホート研究「SCAPIS」のデータを用いて、塩分摂取の指標と腸内細菌叢の関係を調べた研究が、フロンティアーズ・イン・ニュートリション誌に2026年09月に掲載予定です。
どのように調べたのか
研究チームは、SCAPISコホートのうちウプサラとマルメの2拠点から、便の腸内細菌叢データ(ショットガンメタゲノム解析)と尿検査データがそろった9,220人(50〜64歳)を分析対象としました。1回分の早朝尿サンプル中のナトリウムとクレアチニン濃度から「川崎式」という計算式を用いて、24時間あたりのナトリウム排泄推定量(est24hNa)を求め、これを塩分摂取量の目安としています。極端な外れ値(平均から±3標準偏差を超える86人)は解析から除外されました。
腸内細菌叢については、種の多様性(シャノン指数、逆シンプソン指数)、細菌叢全体の組成の違い(ブレイ・カーティス非類似度)、個々の菌種の存在量、さらに遺伝子レベルで推定される代謝機能(Gut Microbial Modules)まで、複数の角度から解析しました。統計モデルは年齢・性別のみを調整した最小限のモデルから、BMI、血圧、糖尿病、喫煙、腎機能、コレステロール、総エネルギー摂取量、肉類摂取量、三大栄養素の摂取量まで幅広く調整した「完全調整モデル」まで、3段階で比較しています。
わかったこと
まず腸内細菌の多様性については、最小限の調整モデルではest24hNaが高いほどシャノン指数・逆シンプソン指数ともに低下する関連がみられました。しかしBMIを調整に加えると関連の大部分が弱まり、さらに他の因子まで調整した完全モデルでは統計的に有意ではなくなりました。これは、体格(BMI)がこの関連を説明する要因、あるいは仲介する要因である可能性を示すものとされています。
細菌叢全体の組成(ベータ多様性)については、すべてのモデルでest24hNaとの関連が統計的に有意でしたが、説明される分散の割合はごくわずか(R2は0.001未満)でした。
菌種ごとの存在量では、完全調整モデルでもest24hNaと75種の菌の存在量に関連がみられ、うち27種は摂取量が高いほど少なくなる関連、残りは多くなる関連を示しました。増える側で目立ったのは、本来は口腔内に多く存在するStreptococcus属やVeillonella属、Actinomyces属など「口腔由来」とされる菌でした。これらは糖や乳酸の代謝能力が高いことで知られています。減る側には、酪酸などの短鎖脂肪酸を作ることで知られるLachnospiraceae科やRuminococcaceae科、Oscillospiraceae科の嫌気性菌が含まれていました。もっとも強い関連を示したのはLatilactobacillus sakeiという菌種で、これは発酵食品によくみられる塩耐性の菌とされています。また、腸の粘液層を利用する菌として知られるAkkermansia muciniphilaはest24hNaが高いほど少ない関連を示した一方、粘液を分解する性質を持つMediterraneibacter torquesやAlistipes finegoldiiは多い関連を示しており、著者らは腸粘液まわりの生態系に何らかの変化が生じている可能性を一つの説明として挙げています。ただし、酪酸産生菌として知られるFaecalibacterium prausnitziiはむしろest24hNaが高いほど多い関連を示しており、単純に「善玉菌が減る」という図式では説明しきれないとも述べられています。
機能面では、糖(フルクタン、デンプン、乳糖、ガラクトース、フルクトースなど)の分解や、解糖系、ペントースリン酸経路、乳酸・酢酸・プロピオン酸の代謝に関わる経路が、est24hNaが高いほど多く推定される傾向がみられました。逆にエタノール産生に関わる経路は少ない関連を示しました。
あわせて、腸内細菌叢の研究でしばしば話題になる「バシロータ門/バクテロイドータ門比(旧ファーミキューテス門/バクテロイデテス門比)」も調べられており、最小限の調整モデルではest24hNaが高いほどこの比率が高くなる関連がみられたものの、完全調整モデルでは有意ではなくなりました。
この研究を読むうえでの注意点
著者らはいくつかの限界を挙げています。この研究は特定の時点のデータを比較する横断研究であり、塩分摂取が腸内細菌叢の変化を引き起こしたのか、その逆や別の共通要因があるのかという因果関係は判断できません。対象はスウェーデンの50〜64歳に限られており、他の年齢層や地域にそのまま当てはまるとは限りません。また、塩分摂取量は1回分の尿サンプルから式で推定したものであり、個人ごとの正確な摂取量を測る目的には向いていない一方、集団内で摂取量の多い少ないを比較する疫学的な目的には適した方法とされています。この推定式は本来日本人集団を対象に開発されたものですが、他集団での検証も行われているとされ、著者らは今回の研究で得られた関連が推定式そのものの偏りではなく、実際の塩分摂取量のばらつきを反映している可能性が高いとしています。なお、研究チームにはアジア圏の医療機関に所属する著者も名を連ねていますが、研究自体はスウェーデンのコホートを対象としたものです。
また、腸内細菌叢の存在量の解析では食事内容(総エネルギー量や肉類摂取量など)も調整されていますが、これは塩分摂取量と密接に関わる食習慣を差し引く形になるため、真の関連を過小評価している可能性もあると著者らは述べています。今回みつかった菌の変化と心血管疾患との関係はあくまで仮説的なものであり、今後の研究によるさらなる検証が必要だとされています。
まとめ
この研究では、推定塩分摂取量が高い人ほど、腸内細菌叢の多様性がわずかに低い傾向がみられたものの、これは主にBMIとの関連で説明される可能性が示されました。一方で、口腔由来の菌の増加や、糖代謝・エネルギー代謝に関わる機能の違いなど、特定の菌の構成パターンとの関連は、幅広い要因を調整した後も残りました。これらはあくまで関連であり、塩分摂取が腸内細菌叢を変化させると証明するものではありません。一つの大規模な横断研究として、今後の研究の土台となる知見と位置づけられています。
原著論文の著者・所属:Jonas Wuopio(Center for Clinical Research, Falun, Region Dalarna, Uppsala University)、Tíscar Graells(Department of Neurobiology, Care Sciences and Society, Karolinska Institute)、Yi-Ting Lin(Department of Family Medicine, Kaohsiung Medical University Hospital, Kaohsiung Medical University)、Tessa Schillemans(Department of Neurobiology, Care Sciences and Society, Karolinska Institute)、Janne Marie Moll(Cmbio, Copenhagen, Denmark)、Aron C. Eklund(Cmbio, Copenhagen, Denmark)、H. Bjørn Nielsen(Cmbio, Copenhagen, Denmark)、Anders Larsson(Department of Medical Sciences, Clinical Chemistry, Uppsala University)、Gunnar Engström(Department of Clinical Sciences in Malmö, Lund University)、Marju Orho‐Melander(Department of Clinical Sciences in Malmö, Lund University)、Linda S. Johnson(Department of Clinical Sciences in Malmö, Lund University)、Johan Ärnlöv(Center for Clinical Research, Falun, Region Dalarna, Uppsala University)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Jonas Wuopio, Tíscar Graells, Yi-Ting Lin, et al. Associations between sodium intake and gut microbiota composition. フロンティアーズ・イン・ニュートリション (2026). DOI: 10.3389/fnut.2026.1889723. 原著ライセンス: cc-by.