この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
高齢化にともない、飲み込みにくさ(嚥下障害)は公衆衛生上の重要な課題になっています。著者らによれば、特定の集団では有病率が60%に達するとの疫学データもあり、多くの高齢者は、ペースト状や細かく刻んだ食事をとる必要があります。ただし、こうした食事は見た目や味わいの面で魅力に乏しく、食欲や食事への意欲を損なうことがあると論文は指摘しています。
そこで注目されているのが、材料を層状に積み重ねて立体物をつくる3Dプリント(3DP)技術です。形や内部構造を自由に設計できるため、ペースト状の食事でも見た目を整えやすくなります。著者らは、材料として栄養価の高い植物性たんぱく質、なかでも菜種たんぱく質(RP)に着目しました。RPはナピンとクルシフェリンという二つのたんぱく質からなり、必須アミノ酸のバランスが牛乳や大豆のたんぱく質に匹敵する良質な供給源とされています。しかし中性のpHでは溶けにくくゲルになりにくいため、プリントした造形物が自重を支えきれずに崩れてしまうという弱点がありました。
この課題に対し、研究チームはキャッサバでんぷん(CS)を加える方法を検討しました。CSは安価で入手しやすく味にくせが少ない多糖類で、増粘・ゲル化・保水の性質を持ちます。論文によれば、CSの引張強度は430 kg/m²で、くず粉やサゴでんぷんの約1,500 kg/m²よりはるかに低く、そのぶんゲルが柔らかく口の中で崩れやすいとされます。この性質が、飲み込みやすい食品づくりに向いているのではないかと考えられました。なお、RPとCSの分子どうしがどう相互作用するかはこれまで分かっておらず、両者を組み合わせて嚥下しやすい3Dプリント食品をつくる研究も行われていませんでした。
何をどう調べたか
研究チームは、全体の固形分を15%(重量比)に固定したうえで、CSの割合を0、1、2、5、7、9、15%と変えた7種類の混合ゲルを作りました。材料を水に混ぜて90℃で30分撹拌し、その後4℃で30分冷却してゲル化させています。
これらのゲルについて、複数の角度から性質が調べられました。押し出しやすさに関わる粘度、自立して形を保つ力を示す貯蔵弾性率(G′)、一定の力をかけ続けたときの変形しにくさを測るクリープ試験といった流動特性が測定されています。さらに、口の中での噛む動作を模して2回連続で押しつぶす試験(TPA)により、凝集性・硬さ・咀嚼性・付着性といった食感の指標が評価されました。水分の状態は低磁場核磁気共鳴(LF-NMR)で、分子どうしの結びつきや結晶構造はフーリエ変換赤外分光法(FT-IR)とX線回折(XRD)で、微細な構造は走査型電子顕微鏡(SEM)で調べられています。
実際の造形については、24 mm × 28.8 mm × 8 mmの立方体を室温で印刷し、画像解析ソフトで寸法を測って印刷精度を算出しました。加えて、嚥下食の国際的な分類の枠組みであるIDDSI(国際嚥下調整食standardisation構想)に基づき、フォークで押す試験とスプーンを45度に傾ける試験を行い、食品の分類が判定されています。
主な報告結果
CSを加えないゲル(0%-CS)では、造形物の端の高さが設計値の8.00 mmに対して5.00 mmにとどまり、印刷中に崩れが起きたと報告されています。著者らはこれを、RPのゲル網目構造の機械的強度が足りず、自重を支えられないためだと説明しています。一方、CSを加えたゲルはいずれも形を保ちました。
最も良い成績を示したのは2%-CSでした。印刷精度は97.37%に達し、30分放置した後も93.64%を保っています。貯蔵弾性率はおよそ800 Paと最も高く、クリープ試験での最終ひずみは3.06%と最も小さく、変形しにくさが際立っていました。応力を取り除いた後の回復率も82.60%(1%-CSは85.97%)と、CS無添加の65.87%や15%-CSの74.83%を上回っています。論文では、この配合が小さな亀やはなびらといった複雑な形の造形にも対応できたと述べられています。
ただし、CSを増やせばよいわけではありませんでした。5〜15%と濃度が上がるにつれて貯蔵弾性率はむしろ低下し、9%-CSでは粘度が高すぎてノズルが詰まり、純粋なCSゲルである15%-CSは粘度が最大(K値653.15 Pa·sⁿ)であるにもかかわらず印刷精度は79.11%と最も低くなりました。著者らは、過剰なでんぷんが物理的な障壁となり、たんぱく質が規則正しく組み上がるのを妨げるためだと考察しています。
食感の面では、すべての試料が1未満の指数n(0.16〜0.43)を示し、せん断をかけると粘度が下がる「ずり流動化」の性質を持つことが確認されました。硬さはいずれも85 g未満で、先行文献にある嚥下食の目安(マッシュポテトの89.21 g)を下回っています。付着性はすべての試料が最もリスクの低いレベル1の範囲にあり、2%-CSの凝集性は1.06 mJ、咀嚼性は0.36 mJと報告されました。LF-NMRでは、すべての混合ゲルで半結合水の割合が90%を超え、安定した網目構造をうかがわせる結果が得られています。そして2%-CSは、IDDSIのレベル4(ピューレ状)の要件を満たしたと報告されています。
構造解析では、1〜5%のCS添加がRPとの水素結合を促し、ゲルの網目構造を強めて貯蔵弾性率を高めることがFT-IRとXRDから示されました。LF-NMRの結果とあわせて、著者らは性能向上の要因を、RPとCSの架橋的な相互作用によって形づくられた保水性の高い網目構造に求めています。
この研究が示すこと
著者らは、低濃度のキャッサバでんぷんを加えることで、菜種たんぱく質ゲルの印刷適性と飲み込みやすさがともに改善されたと結論づけています。
この研究が浮かび上がらせたのは、一つの難しいバランスです。3Dプリントで形を保つには構造がしっかりしている必要がある一方、飲み込む際には食塊がほどよく変形してくれなければなりません。論文でも、ひずみが小さい材料ほど印刷時の安定性は高まるものの、嚥下時に食塊を動かすにはより大きな力が要る、という矛盾が指摘されています。2%-CSという配合は、この二つの要求が重なる狭い領域を具体的な数値で示した例だと言えます。
また、添加量を増やすほど良くなるのではなく、ごくわずかな量に最適点があったという結果も示唆的です。著者らは、CSとRPの比率を調整することでゲルの食感を目的に応じて細かく整えられるとし、嚥下しやすい3Dプリント食品の開発に向けた科学的な基礎を提供するものだと述べています。
著者:Yuxing Zhang(College of Food Science and Technology, Hunan Agricultural University)、Jingru Dong(College of Food Science and Technology, Hunan Agricultural University)、Yike Su(College of Food Science and Technology, Hunan Agricultural University)、Xiaoqing Xiao(College of Food Science and Technology, Hunan Agricultural University)、Siting Li(College of Food Science and Technology, Hunan Agricultural University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yuxing Zhang, Jingru Dong, Yike Su, et al. Cassava starch enhances the printability and swallowability of rapeseed protein gels for 3D-printed dysphagia foods. Frontiers in Nutrition 2026-09-15. DOI: 10.3389/fnut.2026.1888256. 原著ライセンス:CC BY.