この研究は、オーストラリアの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Food Hydrocolloids

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:湿気で崩れやすい香料粉末の課題

食品の香りのもとになる香料成分は揮発しやすく、加熱や保存のあいだに失われたり劣化したりしやすい性質があります。そこで液体の香料を、でんぷんや糖などの「壁材」で包み込み、噴霧乾燥と呼ばれる方法で粉末にする技術が広く使われています。噴霧乾燥は、液体を細かい霧にして熱風の中で一気に乾かし、粉にする方法です。香料を壁材の中に閉じ込めることを「カプセル化」と呼びます。

壁材としてよく使われる乳糖(ラクトース)は水に溶けやすく、香料の拡散を抑える働きがあります。ただし、噴霧乾燥直後の乳糖は分子が規則正しく並んでいない「非晶質(アモルファス)」の状態にあり、湿気を吸うと分子が動きやすくなり、規則正しく並んだ結晶へと変化しやすいことが知られています。結晶化が進むと壁材の構造が崩れ、香料が表面に移動したり粉が固まったりする原因になります。

研究チームは、性質の異なる2種類の水溶性食物繊維、β-グルカン(酵母由来で、ブドウ糖が枝分かれしてつながった構造)とイヌリン(果糖が直鎖状につながった構造)に注目しました。これらを、乳化性に優れた加工でんぷん(OSAでんぷん)と乳糖からなる壁材に加え、バター風味の香料粉末の香りの保持、構造の安定性、加熱時の香りの放出、そして食品に使ったときの官能評価にどのような影響があるかを調べました。著者らは、枝分かれ構造をもつβ-グルカンの方が、湿気による乳糖の結晶化を抑える効果が大きいと仮説を立てていました。

何を調べたか

研究チームは、OSAでんぷんに乳糖、β-グルカン、イヌリンを組み合わせた複数の配合で香料を乳化し、試験規模の噴霧乾燥機で粉末を作りました。配合によって、乳糖を食物繊維で一部または全部置き換えたものや、食物繊維を追加して壁材と香料の比率(壁材対コア比)を高めたものを用意しています。

できた粉末については、乾燥後にどれだけ香料が残ったか(保持率)、香気成分の構成、ガラス転移温度などを測定しました。ガラス転移温度とは、硬いガラス状態の物質が、温度が上がることで柔らかく動きやすい状態に変わる境目の温度で、これが保存温度より十分高いと粉末の構造が安定しやすいとされます。

さらに、25℃・相対湿度75%という湿った環境に168時間置く試験と、40℃で9週間保存する加速保存試験を行い、X線回折という方法で結晶化の度合いを調べました。また、粉末を水に戻した液を90℃で加熱して香気成分の減り方を追跡したほか、87人の一般のパネリストにインスタントのマッシュポテトに混ぜた試料を味わってもらう官能評価も実施しました。

主な結果

論文によると、乳糖だけを加えた粉末の香料保持率は43.7%でしたが、β-グルカンを5%追加した配合では73.5%に高まりました。イヌリンを同様に加えた場合は58.4%でした。壁材対コア比を同じにしたまま乳糖をβ-グルカンに置き換えていくと、保持率は半量の置き換えで63.8%、全量の置き換えで73.9%に上がり、著者らはβ-グルカン自体が香りの保持に寄与していると述べています。また、β-グルカンを含む配合では、バター風味の中でも特に揮発しやすい成分群であるジケトン類が乾燥後に最も高い割合(36.8%)で残っていました。

ガラス転移温度は、乳糖のみの粉末が30.7℃だったのに対し、食物繊維を含む粉末はいずれも50℃を超えていました。

湿度75%での保存試験では、β-グルカンとOSAでんぷんだけで作った粉末を除くすべての試料で結晶化が見られました。β-グルカンと乳糖を同量ずつ使うと乳糖の結晶化が抑えられた一方、イヌリンは乳糖とともに結晶化を促す方向に働き、著者らはこれを「相乗的な結晶化」と表現しています。直鎖状のイヌリンは分子が整列して結晶をつくりやすく、枝分かれしたβ-グルカンは非晶質のまま乳糖の結晶成長を妨げやすいと考察されています。40℃で9週間の保存試験でも、β-グルカンは乳糖の結晶化を遅らせ、最も高い香料保持率を示したと報告されています。香りの保持と結晶化の度合いとの関係は香気成分の種類によって異なり、保持率は主に保存条件、食物繊維の種類、壁材対コア比に左右されていたとされます。

加熱試験では、カプセル化していない液体香料と比べて、揮発しやすいジケトン類はカプセル化によってよく保護されました。一方、水になじみにくいラクトン類は、カプセル化よりも油の側にとどまる性質によって保持されていたと報告されています。官能評価では、噴霧乾燥した試料はいずれも受け入れられる水準の総合的な好ましさが得られましたが、試料間で風味の特性に差は認められませんでした。

この研究が示すこと

この研究は、同じ水溶性食物繊維でも、分子の形の違いによって香料粉末の結晶化や香りの保持への影響が大きく異なることを示しました。枝分かれ構造をもつβ-グルカンは乳糖の結晶化を抑えて香りを守る方向に働き、直鎖状のイヌリンはむしろ結晶化を促す場合があったという対比は、壁材を選ぶ際に成分の構造まで考慮する必要があることを示しています。著者らは、これらの知見が、安定性と風味の面でより優れた香料粉末の設計に役立つとまとめています。

著者:Dike Yang(School of Chemical Engineering, UNSW Sydney, NSW 2052, Australia)、Yong Wang(School of Chemical Engineering, UNSW Sydney, NSW 2052, Australia)、Brad Baker(Baker and Co Ingredients Pty Ltd, Huntingwood NSW 2148, Australia)、Cordelia Selomulya(School of Chemical Engineering, UNSW Sydney, NSW 2052, Australia)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dike Yang, Yong Wang, Brad Baker, et al. Exploring the Impact of Soluble Fibres on Structural Stability, Release Kinetics, and Food Applications of Spray-Dried Encapsulated Butter Flavour Powders. Food Hydrocolloids 2026-10-01. DOI: 10.1016/j.foodhyd.2026.113429. 原著ライセンス:CC BY.