鉄は赤血球のもとになる重要な栄養素で、不足すると貧血をはじめとするさまざまな健康上の問題につながるとされています。とりわけ食事からの鉄摂取が不足することで生じる「食事性鉄欠乏(DID)」は、世界中で見られる微量栄養素欠乏の一つで、その負担は地域によって大きく異なることが知られています。今回紹介する研究は、世界疾病負担研究(GBD)2021のデータを用いて、1990年から2021年までの204の国と地域における食事性鉄欠乏の実態を分析し、特に中国とインド、そして世界全体に焦点を当てたものです。

研究の方法

この研究では、有病率や障害調整生存年数(DALY)、年齢調整率(ASR)、推定年間変化率(EAPC)といった指標を用いて、階層的な分析の枠組みのもとで食事性鉄欠乏の全体像が調べられました。さらに、ベイズ年齢・期間・コホート(BAPC)モデルを用いて2021年から2036年までの将来的な疾病負担の予測も行われています。加えて、社会人口統計指数(SDI)と年齢調整DALY率(ASDR)との関連を調べる健康不平等分析やフロンティア分析も組み合わせて実施されました。

わかったこと

分析の結果、食事性鉄欠乏は主に低・中所得国で多く見られ、なかでも20〜54歳の女性に多い傾向が示されました。世界全体で見ると、年齢調整DALY率(ASDR)は1990年の517.98(95%不確実性区間:353.99〜730.97)/10万人から、2021年には423.74(95%不確実性区間:285.27〜610.83)/10万人へと低下したと報告されています。中国でも同様に、ASDRは1990年の285.82(95%不確実性区間:192.63〜407.64)から2021年には115.30(95%不確実性区間:76.36〜166.42)へと大きく減少したことが示されました。

一方でインドについては異なる傾向が示されています。若年層や女性における負担が増加傾向にあり、特に1歳未満の年齢層ではDALY率の推定年間変化率(EAPC)が0.36(95%信頼区間:0.30〜0.41、p<0.05)とプラスの値を示し、女性の年齢調整DALY率も高い水準にあることが報告されました。また、SDI(社会人口統計指数)とDALYとの間のギャップは縮小してきていることも示されています。将来予測では、世界・中国・インドいずれにおいても、年齢調整有病率(ASPR)は2036年にかけて低下していくと予測されています。

この研究を読むうえでの注意

この研究はGBD2021という大規模なデータベースをもとにした統計的な分析であり、個々人の食生活や具体的な鉄欠乏の原因を直接調べたものではありません。示された数値には不確実性区間が付されている通り、推定には一定の幅があることにも留意が必要です。また、これは一つの研究であり、ここで示された傾向がそのまま今後も続くと確定したわけではありません。食事性鉄欠乏をめぐる状況は国や地域、時代によって変化しうるものであり、今回の結果もその時点でのデータに基づく一つの知見として理解することが望まれます。

まとめ

この研究では、世界全体および中国において食事性鉄欠乏による疾病負担が1990年以降改善してきた一方、インドでは若年層や女性を中心に依然として課題が残っていることが示唆されました。研究者らは、インドにおいて高リスクとされる集団への対策が必要であるとしています。栄養にまつわるこうした国際的な格差の存在を知ることは、私たちが日々の食生活や健康について考える一つのきっかけになるかもしれません。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:隠れた脆弱性:世界疾病負担研究2021に基づく中国・インドおよび世界における女性と子どもの食事性鉄欠乏の重い持続的負担(アナルズ・オブ・メディシン・2026年08月)