中国貴州省には、トマトなどを乳酸発酵させて作る「紅酸湯」という伝統的な酸味調味料があります。地域や作り手によって風味や品質にばらつきがあることが知られていますが、その違いを科学的な指標で比較した研究はそれほど多くありません。今回紹介する論文は、貴州の異なる地域で作られた9種類の紅酸湯を対象に、味や香りといった官能評価だけでなく、成分分析や統計的な評価手法を組み合わせて品質を比較し、さらにそこから優れた乳酸菌を探し出そうとした研究です。
発酵食品の品質を数値だけで語るのは難しく、また現場で使われている乳酸菌の性質を明らかにすることは、今後の発酵食品づくりの参考になると考えられます。そうした背景から、この研究がどのように紅酸湯を「評価」し、どのような乳酸菌を見つけ出したのか、順を追って見ていきます。
研究でわかったこと
研究チームは、貴州省の異なる地域から集めた9種類の紅酸湯(QB、QX1、QX2、QZ、QDN1〜QDN5と番号付け)について、官能評価に加えて、可溶性固形分・還元糖・有機酸(コハク酸や酢酸など)・アミノ酸態窒素・リコピンといった理化学的な指標や機能成分を測定しました。
その結果、サンプルQBは可溶性固形分(24.50%)、還元糖(0.85%)、コハク酸(63.26 g/kg)の含有量が最も高く、サンプルQDN2はアミノ酸態窒素(0.29 g/100 g)と酢酸(18.26 g/kg)の含有量が最も高いことが示されました。また、サンプルQDN4とQX1は比較的リコピン含有量が高い(それぞれ3.56 μg/g、3.07 μg/g)という結果でした。
これらの多角的なデータを、階層分析法(AHP)という統計的な意思決定手法を用いた総合評価システムでまとめたところ、9サンプル中で総合スコアの上位3つはQDN2、QB、QX1であったと報告されています。
さらに研究チームは、これら高品質と評価された紅酸湯から、伝統的な分離法を用いて乳酸菌を探索しました。発酵性能・耐性(酸や塩への強さ)・安全性の観点から絞り込みを行い、形態観察と分子生物学的手法により菌種を同定した結果、2株の優れた乳酸菌(L1、L9)が得られました。それぞれLimosilactobacillus fermentum(リモシラクトバチルス・ファーメンタム)とPediococcus ethanolidurans(ペディオコッカス・エタノリデュランス)と同定されています。
これら2株は乳酸生成量がそれぞれ12.04 g/kg、11.40 g/kgに達し、酸や塩への耐性も優れていたとされます。また安全性の指標として、L1は7種類、L9は8種類の一般的な抗生物質に対して感受性があった(=薬剤耐性を持たない)ことが確認され、安全性が高いと評価されました。
最後に、この2株を1対1の比率で組み合わせて紅酸湯を発酵させる検証実験が行われました。その結果、この菌株を加えて発酵させたサンプルの総合評価スコアは0.56となり、菌株を添加せず自然に発酵させたグループのスコア(0.29)を上回ったと報告されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、貴州省内の9種類という限られたサンプルを対象にした一つの研究であり、紅酸湯全般や乳酸菌の効果について結論が確定したわけではありません。ここで示された乳酸菌の発酵性能や安全性、発酵検証実験の評価スコアは、あくまでこの論文で用いられた評価system・実験条件のもとで得られた結果です。健康への効果を直接示すものではなく、食品としての品質や発酵プロセスに関する知見として理解するのが適切です。
まとめ
この研究では、貴州省の9種類の紅酸湯を成分分析とAHPによる総合評価で比較し、QDN2・QB・QX1が上位に位置づけられたことが示されました。さらに、高品質なサンプルから発酵性能・耐性・安全性に優れた2株の乳酸菌が分離・同定され、これらを用いた強化発酵が自然発酵よりも高い評価スコアを示したと報告されています。今後、こうした知見が発酵食品づくりの技術的な参考として活用されていく可能性があります。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:階層分析法に基づく紅酸湯の品質評価と優良乳酸菌の分離・選抜・応用(中国醸造・2026年03月)