この研究は、韓国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Theranostics

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

研究の背景と目的

炎症性腸疾患(IBD)は、消化管に炎症が長く続く病気で、潰瘍性大腸炎とクローン病が含まれます。論文によれば、2017年時点で世界におよそ680万人の患者がいると報告されています。潰瘍性大腸炎では大腸の粘膜に炎症が起こり、腹痛や下痢、体重減少、血便などの症状が現れます。発症の詳しい仕組みはまだ解明されていませんが、環境要因、遺伝的な体質、腸内細菌の変化、免疫の調節異常が関わると考えられています。

潰瘍性大腸炎の治療の中心となる薬の一つが5-アミノサリチル酸(5-ASA)です。著者らは、5-ASAが炎症を引き起こす物質の産生を抑えたり、細胞を傷つける活性酸素を取り除いたりする働きをもつと説明しています。ただし飲み薬として使う場合、5-ASAは化学的に不安定であることに加え、大腸に届く前の胃や小腸で吸収されてしまいやすいという課題があります。その結果、頭痛や吐き気などの副作用につながる一方で、肝心の大腸では薬の濃度が下がってしまう可能性が指摘されています。

そこで研究チームは、薬を大腸まで運ぶ新しい担体としてイヌリンに注目しました。イヌリンは多くの植物に含まれる食物繊維の一種で、米国食品医薬品局から2018年にプレバイオティクス繊維として認められています。胃や小腸では消化されにくく、大腸にいる細菌がもつイヌリナーゼという酵素によって分解・発酵される性質があります。この性質を利用して、研究チームはイヌリン製のナノ粒子(INP)に5-ASAを詰め込んだ製剤(5-ASA@INP)を作り、大腸を狙った経口投与ができるかを検証しました。

どのようにつくり、何を調べたか

ナノ粒子は、化学的な結合や毒性のある架橋剤を使わず、ナノ沈殿法という簡便な方法でつくられました。イヌリンをジメチルスルホキシドに溶かし、水の中へ一定の速度でゆっくり滴下して粒子を形成させる手順です。イヌリンの濃度を変えて比較したところ、50 mg/mLの条件で平均約204 nmの粒径と均一な粒度分布が得られ、凍結乾燥後も水に再分散しやすかったため、この条件が以降の実験に採用されました。5-ASAの仕込み量も検討され、粒子の性質を保ちながら最も多く薬を含められた5重量%の製剤が選ばれています。薬の封入効率は各条件で97%以上と高い値が報告されました。

次に研究チームは、消化管を模した液の中で薬がどのように放出されるかを調べました。人工胃液で2時間、人工腸液で4時間、続いてイヌリナーゼを含む人工大腸液で18時間という順序で試験したところ、胃液中での放出は7.6%程度、腸液を経た段階でも18.7%程度にとどまりました。一方、酵素を含む大腸液に移すと20分で46.0%、2時間で87.0%が放出され、24時間で99.2%に達しました。酵素を含まない条件では24時間でも35.6%にとどまっており、大腸の細菌がもつ酵素が引き金となって薬が放出される仕組みが働いたと報告されています。

細胞を使った実験では、Caco-2細胞(ヒト大腸由来の細胞)に対してナノ粒子は目立った毒性を示しませんでした。過酸化水素で酸化ストレスを与えた条件では、5-ASA@INPが濃度に応じて細胞内の活性酸素を減らし、イヌリンナノ粒子だけでも活性酸素の低減が観察されたことから、担体そのものにも抗酸化的な性質があると著者らは述べています。また炎症を模した条件で一酸化窒素の産生を測ったところ、5-ASA@INPは25および50 µg/mLでそれぞれ56.2%、49.2%まで低下させたと報告されています。

動物実験では、蛍光色素を積んだナノ粒子をマウスに経口投与し、消化管内での分布を観察しました。投与から4時間以降、ナノ粒子の群では大腸での蛍光が色素単独の群より強く、消化管全体に対する大腸の蛍光の割合も各時点で高く、8時間後には統計的な差が認められました。肝臓やその他の主要臓器での蛍光はナノ粒子の群で低く、上部消化管からの全身への取り込みが抑えられていることを間接的に示す結果とされています。

大腸炎モデルでの結果

治療効果は、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を飲み水に加えて大腸炎を起こしたマウスで評価されました。8日目の体重は、投与前を100%としたとき、正常群104.86%、生理食塩水群78.34%、5-ASA群80.29%、ナノ粒子のみの群79.54%、5-ASA@INP群86.93%でした。5-ASA@INP群は生理食塩水群に比べて体重減少が有意に小さかったと報告されています。

炎症に伴って大腸が短くなる変化についても、5-ASA@INPを投与した群だけが生理食塩水群に対して有意な改善を示しました。ヘマトキシリン・エオジン染色による組織の観察では、生理食塩水群で粘膜から筋層までの境界が不明瞭になり、免疫細胞の浸潤が多く見られたことが記載されています。

この研究が示すこと

研究チームは、化学的な修飾を加えずにイヌリンだけでつくった単純なナノ粒子が、胃や小腸では薬を抱えたまま保持し、大腸の細菌がもつ酵素に反応して薬を放出する、という設計が成り立つことを示しました。担体として使ったイヌリン自体にも抗酸化的・抗炎症的な働きが観察されており、薬を運ぶ役割と治療を助ける役割を兼ねうる点が、この材料の特徴として報告されています。

薬を「どこで放出するか」を素材の性質そのものに担わせる発想は、有効成分の量を増やすのとは別の方向から治療を改善する道筋を示すものといえます。この研究は、大腸という届けにくい場所に薬を運ぶための一つの選択肢として、食物繊維由来の材料がもつ可能性を報告したものです。

著者:Park H(Research Institute for Convergence Science, Seoul National University, Seoul 08826, Republic of Korea.)、Son P(Bio-Convergence Materials R&D Division, Korea Institute of Ceramic Engineering and Technology, 202, Osongsaengmyeong 1-ro, Osong-eup, Heungdeok-gu, Cheongju, Chungbuk 28160, Republic of Korea.; Department of Applied Bioengineering, Graduate School of Convergence Science and Technology, Seoul National University, Seoul 08826, Republic of Korea.)、Oh C(Department of Applied Bioengineering, Graduate School of Convergence Science and Technology, Seoul National University, Seoul 08826, Republic of Korea.; Precision Vaccine Program, Department of Pediatrics, Boston Children's Hospital, Boston, MA, USA.; Harvard Medical School, Boston, MA, USA.)、Oh H(Bio-Convergence Materials R&D Division, Korea Institute of Ceramic Engineering and Technology, 202, Osongsaengmyeong 1-ro, Osong-eup, Heungdeok-gu, Cheongju, Chungbuk 28160, Republic of Korea.)、Hwang JE(Department of Molecular Medicine and Biopharmaceutical Sciences, Graduate School of Convergence Science and Technology, Seoul National University, Seoul 03080, Republic of Korea.)、Kim SY(Department of Molecular Medicine and Biopharmaceutical Sciences, Graduate School of Convergence Science and Technology, Seoul National University, Seoul 03080, Republic of Korea.)、Lee J(Department of Applied Bioengineering, Graduate School of Convergence Science and Technology, Seoul National University, Seoul 08826, Republic of Korea.)、Lee JK(Research Institute for Convergence Science, Seoul National University, Seoul 08826, Republic of Korea.; Department of Applied Bioengineering, Graduate School of Convergence Science and Technology, Seoul National University, Seoul 08826, Republic of Korea.)、Choi WI(Bio-Convergence Materials R&D Division, Korea Institute of Ceramic Engineering and Technology, 202, Osongsaengmyeong 1-ro, Osong-eup, Heungdeok-gu, Cheongju, Chungbuk 28160, Republic of Korea.)、Im HJ(Research Institute for Convergence Science, Seoul National University, Seoul 08826, Republic of Korea.; Department of Applied Bioengineering, Graduate School of Convergence Science and Technology, Seoul National University, Seoul 08826, Republic of Korea.; Department of Molecular Medicine and Biopharmaceutical Sciences, Graduate School of Convergence Science and Technology, Seoul National University, Seoul 03080, Republic of Korea.; Cancer Research Institute, Seoul National University, Seoul 03080, Republic of Korea.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Park H, Son P, Oh C, et al. Microbial enzyme-responsive inulin nanoparticles for colon-targeted oral delivery of 5-ASA toward improved therapy of inflammatory bowel disease. Theranostics 2026-08-24. DOI: 10.7150/thno.127560. 原著ライセンス:CC BY.