日本関連:この研究は海外機関を中心とする国際共同研究で、日本の研究機関に所属する共著者が参加しています。参加国はオーストリア、フランス、日本です。
掲載誌:International Journal of Molecular Sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ「純粋なATI」が必要なのか
小麦は世界の食生活を支える重要な食材ですが、そのたんぱく質は、自己免疫疾患のセリアック病、小麦アレルギー、セリアック病でもアレルギーでもない「非セリアック小麦過敏症」など、さまざまな不調と関係しています。論文によれば、調査によっては人口の約10〜15%が小麦に関連する不調を自己申告している一方、医学的に確認される割合はそれより大幅に低いとされています。
こうした病気の原因としてよく知られているのはグルテンですが、著者らが注目したのは、小麦に含まれる別のたんぱく質群「アミラーゼ・トリプシン阻害物質(ATI)」です。ATIはでんぷんやたんぱく質を分解する酵素の働きを抑える性質をもつ物質です。パン職人などに見られる呼吸器型の小麦アレルギー「パン屋喘息」の主な原因と考えられているほか、非セリアック小麦過敏症やセリアック病への関与も示唆されていますが、その役割ははっきりしていません。
研究チームは、その大きな壁として、試験に使える純粋なATIの試料が手に入りにくいことを挙げています。小麦から取り出したATIには他のたんぱく質が混じりやすく、それが試験結果に影響している可能性を否定できないためです。そこで本研究では、小麦から高純度のATIを取り出す方法と、微生物を使ってATIを人工的に作る方法の両方に取り組み、得られた試料がアレルギーの子どもの抗体とどう反応するかを調べました。
小麦からの精製と、微生物による人工合成
まず研究チームは、オーストリアで栽培された普通小麦を原料に、何段階もの精製工程を経て天然のATIを取り出しました。最終的な試料は、たんぱく質を大きさで分ける電気泳動や質量分析でATIに相当する成分が中心であることが確認され、ELISAと呼ばれる抗体を使った検査でも高い純度が示されました。より精密な分析では、ATI以外に免疫反応を起こすことが知られる小麦たんぱく質がわずかに含まれている可能性も示されましたが、その存在は確定できなかったと報告されています。また、グルテン由来の成分は検出されなかったものの、それだけで完全に存在しないとは言い切れないと著者らは述べています。
次に、遺伝子を別の生物に組み込んで目的のたんぱく質を作らせる「異種発現」という手法で、ATIの人工合成(組換えATI)を試みました。大腸菌で作らせたATIは水に溶けにくく、いったん形を整え直しても精製後すぐに再び沈殿してしまったため、詳しい分析には進みませんでした。
一方、酵母の一種であるピキア・パストリスを使った場合は、3種類のATI(0.19、CM1、CM3)を溶けた状態で得ることができ、精製後の純度は95%を超えました。ただし構造を調べると、本来のATIで予測される立体構造(らせん状の部分を多く含む形)とは異なり、らせん部分は約4%にとどまって大部分が定まった形をとっていないと推定されました。さらに、本来の働きである酵素を阻害する活性も見られず、研究チームは、人工合成したATIは正しく折りたたまれていなかったと結論づけています。
アレルギーの子どもの抗体はATIを認識するか
続いて研究チームは、小麦に感作された(小麦に対するアレルギー抗体をもつ)日本の子ども94人の血清を用い、多数のアレルゲンへの反応を一度に測れるマイクロアレイという検査で、ATIに結合するIgE抗体を調べました。IgEはアレルギー反応に関わる抗体です。
その結果、小麦から精製した天然ATIには67人(71.3%)がIgE陽性を示し、人工合成したATIのいずれかには24人(25.5%)が陽性でした。人工合成したATIの中では0.19に反応した人が最も多く(16人)、CM3(11人)、CM1(10人)と続きました。反応した人の中で見ると、IgEの量は人工合成したATIのほうが高い傾向にありました。
また、うどんを少しずつ食べて実際に症状が出るかを確かめる「食物経口負荷試験」で陽性だった子どもと陰性だった子どもの間でIgEの反応に統計的な差が見られたのは、天然ATIのみでした。なお、市販の検査キットに含まれる天然ATIの結果とも高い一致が確認されています。
著者らは、人工合成したATIが立体構造を欠いているにもかかわらずIgEに認識されたことから、その反応はたんぱく質のアミノ酸の並びそのもの(直線的な抗原部位)に基づいている可能性があると考察しています。天然ATIのほうが多くの人に認識された理由としては、今回合成した3種類では免疫反応に関わるATIをすべてカバーしきれていないことや、天然試料に他のたんぱく質がわずかに混じっていた可能性を挙げています。
研究が示したこと
この研究は、小麦から純粋なATIを得ることの難しさを改めて示しました。単純な精製では他の小麦たんぱく質を取り除ききれず、十分な純度を得る工程は時間も材料もかかるうえ、得られる量も多くありませんでした。人工合成では、構造の複雑なATIには大腸菌より酵母のほうが適していることが示されましたが、得られたATIは本来の形には折りたたまれていませんでした。
それでも、人工合成したATIは小麦アレルギーの子どもの一定の割合でIgEに認識されました。著者らは、こうした組換えATIは天然のものを完全に再現してはいないものの、ATIを検出するための抗体づくりなどに活用できるとしています。小麦関連の病気でATIが果たす役割を見極めるうえで、組成が明らかな高純度の試料を用意することがいかに重要かを示した研究といえます。
原著論文の著者・所属:Lisa Call(Department of Agricultural Sciences, BOKU University, 3430 Tulln an der Donau, Austria)、Thomas Svoboda(Department of Agricultural Sciences, BOKU University, 3430 Tulln an der Donau, Austria)、Andrea Krisai(Department of Agricultural Sciences, BOKU University, 3430 Tulln an der Donau, Austria)、Tim Hacker(Department of Agricultural Sciences, BOKU University, 3430 Tulln an der Donau, Austria)、Kathrin Lauter(Department of Agricultural Sciences, BOKU University, 3430 Tulln an der Donau, Austria)、Stefano D’Amico(AGES—Austrian Agency for Health and Food Safety, 1220 Vienna, Austria)、Birgit Linhart(Institute of Pathophysiology and Allergy Research, Medical University of Vienna, 1090 Vienna, Austria)、Agnès Amouric(iSm2, CNRS, Aix-Marseille Université, Centrale Marseille, 13397 Marseille, France)、Mickaël Lafond(iSm2, CNRS, Aix-Marseille Université, Centrale Marseille, 13397 Marseille, France)、Thierry Giardina(iSm2, CNRS, Aix-Marseille Université, Centrale Marseille, 13397 Marseille, France)、Motohiro Ebisawa(Clinical Research Center for Allergy and Rheumatology, NHO Sagamihara National Hospital, Sagamihara 252-0392, Kanagawa, Japan)、Rudolf Valenta(Center for Molecular Allergology, Karl Landsteiner University of Health Sciences, 3500 Krems, Austria; Institute of Pathophysiology and Allergy Research, Medical University of Vienna, 1090 Vienna, Austria)、Heinrich Grausgruber(Department of Agricultural Sciences, BOKU University, 3430 Tulln an der Donau, Austria)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Lisa Call, Thomas Svoboda, Andrea Krisai, et al. Heterologous Expression and Immunoreactivity of Wheat Amylase–Trypsin Inhibitors. International Journal of Molecular Sciences 2026-10-04. DOI: 10.3390/ijms27198857. 原著ライセンス:CC BY.