食中毒を引き起こす細菌が作り出す毒素、そして食品や環境中に存在する化学物質——これらは私たちの体にそれぞれ別々に影響を及ぼすものとして研究されてきました。しかし実際の食生活では、こうしたリスク因子が単独で存在することはむしろ少なく、複数が同時に体に入ることも考えられます。静岡県立大学食品栄養科学部食品衛生学研究室の島村裕子助教は、黄色ブドウ球菌という食中毒起因菌が作る毒素(生物的リスク因子)と、食品や環境中の化学物質(化学的リスク因子)を対象に、それぞれの毒性の仕組みと、食品成分によってその毒性を抑えられる可能性を調べてきました。この講演では、その一連の研究が紹介されています。
ブドウ球菌の毒素は緑茶カテキンと結びつく
黄色ブドウ球菌はヒトの皮膚などに常在する菌ですが、増殖する際にエンテロトキシンA(SEA)というタンパク質毒素を作ることがあり、これが毒素型食中毒のほか、アトピー性皮膚炎や副鼻腔炎の発症や難治化にも関わるとされています。研究チームは、タンパク質と結びつきやすい性質を持つポリフェノールに着目し、緑茶に含まれるカテキン類とSEAの相互作用を調べました。
Western blot(タンパク質を検出する手法)による解析では、SEAとの結合の強さが、エピガロカテキンガレート(EGCG)>エピカテキンガレート(ECG)≫エピガロカテキン>エピカテキンの順であることが分かり、EGCGとECGはSEAが毒性を発揮する4か所すべての部位と相互作用していました。さらに表面プラズモン共鳴法や等温滴定型カロリメトリーという分析手法を用いて調べたところ、EGCGはSEAの複数の結合部位と疎水的に結びつくことが示唆され、コンピューター上でのドッキングシミュレーションでは、EGCGのガロイル基がSEAの毒性発現に関わる「A-6領域」というアミノ酸配列上のY91という部位と相互作用すると予測されました。加えて、マウスの脾臓細胞にSEAとEGCGを同時にさらしてマイクロアレイ解析を行ったところ、EGCGはSEAによって引き起こされる免疫応答(Th1細胞の応答や免疫バランスの変動)を抑える方向に働く可能性が示されています。
細菌が放出する「膜小胞」の中身は周囲の環境で変わる
黄色ブドウ球菌のような病原性細菌は、直径20〜200ナノメートルほどの球状の構造体「膜小胞」に毒素などの病原因子を包んで放出することが知られていますが、どのような環境でその中身が変化するのかは分かっていませんでした。そこで研究チームは、SEAを産生するヒトの手指由来の黄色ブドウ球菌株を、ポリフェノール(EGCGおよびノビレチン)や、たばこの煙などに含まれる化学物質グリシドールと共存させて培養し、放出される膜小胞の性質を比較しました。
その結果、ポリフェノールは膜小胞の粒子径には影響しなかったものの、SEAの内包量や、血液凝固に関わる病原因子コアグラーゼの量を減少させました。一方、グリシドールを共存させた場合は膜小胞の粒子径が増大し、SEAの内包量や炎症反応を誘導するリポタンパク質などが増加しました。さらに、ポリフェノール存在下で作られた膜小胞をヒトの表皮角化細胞に加えると炎症関連遺伝子の発現が有意に抑えられた一方、グリシドール存在下で作られた膜小胞をマウス脾臓細胞に加えると炎症関連遺伝子の発現が増加したといいます。これらから、食品成分や化学物質は膜小胞の性質そのものを変化させ、それを受け取った細胞の炎症反応にも影響しうることが示唆されています。
毒素と化学物質が同時にあると毒性が強まる可能性
研究チームはさらに、ブドウ球菌毒素(SEA)と、変異原性・発がん性が知られる化学物質アクリルアミド(AA)を同時にマウス脾臓細胞にさらし、コメットアッセイという手法でDNA損傷の程度を調べました。その結果、AA単独の場合と比べて、SEAとの複合暴露ではDNA損傷性が相乗的に強まることが分かりました。また、AAが存在する環境で黄色ブドウ球菌を培養すると、単独培養の場合と比べて、病原因子であるバイオフィルムの形成量やSEAの産生量も有意に増加したということです。これらの結果から、黄色ブドウ球菌やその毒素が存在する状況では、化学物質単独の場合とは異なる毒性の現れ方をする可能性が示唆されています。
この研究の位置づけ
これらの成果は主に培養細胞やマウス由来の細胞、細菌の培養実験に基づくものであり、講演のまとめでも、細菌由来の膜小胞は食環境中での存在は確認されているもののその機能の多くが未解明であること、また生物的リスク因子と化学的リスク因子を別々に評価するだけでは生体を反映した毒性評価として不十分である可能性が指摘されています。著者は今後、さまざまな食品成分や化学物質が存在する条件での膜小胞の性質解析や、細胞レベルにとどまらず生体レベルでの臓器への影響の検討を進めたいとしています。一つの研究発表であり、ヒトでの健康影響を直接示したものではない点には留意が必要です。なお、この研究は静岡県立大学食品衛生学研究室(日本)で行われたものです。
まとめ
この講演では、食中毒菌である黄色ブドウ球菌が作る毒素の毒性発現に緑茶カテキンなどのポリフェノールが影響しうること、細菌が放出する膜小胞の性質が食品成分や化学物質によって変化しうること、そして毒素と化学物質が同時に存在すると毒性の現れ方が変わりうることが紹介されました。食の安全性を科学的に評価し制御法を確立するための基礎的な知見として、今後の研究の展開が注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Yuko Shimamura. [奨励賞]食の安全性における生物的・化学的リスク因子に関する評価とその制御に関する研究. 日本食品科学工学会大会講演要旨集 (2026). DOI: 10.3136/aamjsfst.72.0_2.