著者の所属・活動拠点の国は、アメリカです。

掲載誌:Latin American Antiquity

ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF

内陸の暮らしを支えた海辺の塩づくり

塩は人が生きていくうえで欠かせない物質です。古典期マヤ(西暦250〜900年ごろ)の内陸部では塩が手に入りにくく、海辺で作られた塩が重要な供給源になっていました。ベリーズ南部の「ペインズ・クリーク製塩遺跡群」は、そうした塩の生産地の一つです。

この遺跡群ではすでに110か所の製塩地点が見つかっており、大規模な生産が行われていたと考えられてきました。しかし、誰がどのような体制で塩を作っていたのかは分かっていませんでした。研究チームは、生産の組織のあり方を明らかにし、より広く、古代の複雑な社会で余剰の品物がどのように生み出されていたのかを考えることを目的に調査を行いました。

著者らは三つの可能性を想定しました。沿岸の住民が必要なときだけ通って塩を作っていたのなら、現地に住居はないはずです。内陸の都市が管理役を置いて支配していたのなら、どこかの住居に格の高い品物が見つかるはずです。そして、現地に住む世帯が自分たちで生産していたのなら、塩を作る建物と住居の両方が見つかるはずです。

海に沈んだ建物を発掘する

この遺跡群では、古代マヤの人々が塩水の潟(ラグーン)の岸辺に木の柱と草ぶき屋根の建物を建て、塩を作ったり、濃い塩水や塩を貯えたりしていました。これらの建物は、その後の海面上昇によって水没しています。

これまでの研究から、作業の流れも分かってきていました。海水を塩分の多い土に注いで濃い塩水を作り、それを木造の「塩の作業小屋」の中で土器に入れて弱火で煮詰めて塩を取り出します。その塩を鉢に詰めて固め、鉢を割って塊状の塩を取り出し、運び出していました。製塩に使われて割られた土器の破片は「ブリケタージュ」と呼ばれ、塩の作業小屋では出土品の80〜95%をこの破片が占めていました。また、木の柱の放射性炭素年代測定から、塩づくりは古典期後期から終末期(西暦650〜900年ごろ)に行われていたことが示されています。

今回、研究チームは2019年から2024年にかけての4シーズンにわたり、それぞれ10棟の建物があるタアブ・ヌク・ナとエク・ワイ・ナルという二つの大きな遺跡と、その近くの小さな遺跡で、一直線に区画を並べて掘る発掘を行いました。1メートル四方の区画ごとに10センチずつ掘り下げ、堆積物は水中でふるいにかけて遺物を回収しました。建物の内外で、塩水の濃縮や煮詰め、魚の塩漬け、土器づくり、生活の場所などの痕跡を探しました。

見つかった住居と製塩技術の変化

タアブ・ヌク・ナとエク・ワイ・ナルの両方で、塩づくり専用の作業小屋と住居が見つかりました。作業小屋からは大量の製塩土器の破片が出たものの、それ以外の遺物はわずかでした。一方、住居からはさまざまな種類や形の器、石器など、マヤの住居に典型的な品々が見つかりました。著者らはこの結果から、塩の作り手たちが製塩の場で暮らしながら働き、自分たちの必要を超える量の塩を世帯単位で生産していたと報告しています。

研究チームはまた、時代とともに塩水を煮詰める技術が三通りに変わっていたことを示しており、技術の改良を示している可能性があるとしています。古典期前期(西暦250〜550年ごろ)のジェイイ・ナ遺跡では、口の直径が32〜50センチ以上ある、内側に湾曲した大きな鉢が使われていました。古典期後期の他の地点では、規格化された粘土製の円柱で鉢や壺、たらいを支える方式が見られます。さらにサイト69とエク・ワイ・ナルでは、古代フランスで使われたものに似た粘土製のかまどの破片が見つかりました。かまどは熱を内部に閉じ込めるため、円柱で土器を火の上に支える方法よりも燃料が少なくて済みます。

自立した世帯による多面的な生産

著者らは、内陸都市の管理役がいたことを示す豪華な住居や、質や量の点で際立った品物が見つからなかったことから、この生産は外部に支配されない独立したものだったと考えています。製塩土器や塩づくりのほか、魚の塩漬け、建材の伐採と運搬などの木工、塩水の濃縮、ヒョウタンの器づくりなど、塩づくりを支える多様な作業が組み合わさっていました。著者らはこれを、主となる生産に必要な品物も合わせて作る「多工芸」型の生産にあてはまるとし、相当の時間や組織力、技能を要する営みだったと述べています。

一方で、約10平方キロメートルに広がる製塩地点の多くが同時期に使われていた大規模な生産だったのか、少数の地点が数百年かけて順に使われた小規模な生産だったのかは、まだ分かっていません。

研究チームは、塩はカヌーで内陸の集落へ運ばれ、作り手たちはさまざまな日用品やトウモロコシなどの食料と交換していたと結論づけています。この研究は、古典期マヤの海辺で暮らした人々が、世帯単位で余剰の塩を生み出し、多様な交換のしくみに組み込まれながら内陸の社会を支えていた姿を描き出しています。

原著論文の著者・所属:Heather McKillop(Louisiana State University)、E. Cory Sills(University of Texas)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Heather McKillop, E. Cory Sills. The Organization of Classic Maya Salt Production at the Paynes Creek Salt Works, Belize. Latin American Antiquity 2026-08-06. DOI: 10.1017/laq.2026.10200. 原著ライセンス:CC BY.