日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Journal of Agronomy and Crop Science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的 ― 穂をつける時期の塩害に強いイネを探す

土壌の塩類集積(塩害)は、世界のイネ生産を妨げる大きな環境ストレスのひとつです。塩分が多い土壌では根が水を吸いにくくなり、ナトリウムや塩化物といった塩分の成分が植物の体内にたまって生育が落ちます。

この研究で著者らが注目したのは、イネが穂をつけて実をつける「生殖成長期」の耐塩性です。インド由来の耐塩性品種ナナボクラ(Nona Bokra)が持つ耐塩性に関わる遺伝子領域を、日本の栽培品種コシヒカリの遺伝的な背景の中で確かめ、その位置をできるだけ狭い範囲に絞り込むことを目的としています。これは量的形質遺伝子座(QTL)、つまり収量や重さのように連続的に変化する性質に影響する染色体上の領域を探す研究です。

調べた方法 ― 複数年にわたる塩ストレス下での評価

研究チームはまず、コシヒカリを背景にナナボクラの染色体断片を導入した系統群の中から、耐塩性が有望な一系統(SL535)を見いだしていました。2016年には、このSL535とコシヒカリの交配から得られた102個体のF2世代を、長期間の塩ストレス下で評価しました。塩処理は分げつが盛んに出る時期から成熟期まで続け、生殖成長期の耐塩性を調べられるようにしています。その結果、植物の乾燥重量、穂の数、穂の重さに関わる3つのQTLが第6染色体上で検出されました。

次に2019年と2020年には、この染色体領域について、ナナボクラ由来の対立遺伝子を持つ系統と持たない系統(いずれもコシヒカリ背景)を使い、植物の乾燥重量、分げつ数、体内のナトリウムと塩化物の含量を比べて検証しました。期待どおり、ナナボクラ型の対立遺伝子を持つ系統(NIL、ほぼ同じ遺伝的背景で特定領域だけが異なる準同質遺伝子系統)では、出穂がそろった段階で分げつ数が有意に多く、ナトリウムと塩化物の含量は有意に低く保たれていたと報告されています。

さらに2023年には、新たに作成した7つのNILについて、塩ストレス下と対照条件の両方で農業上の形質を評価しました。これらの系統の成績をもとに、植物の乾燥重量に関わるQTL(qPDW6.1と命名)の位置は、第6染色体の4.78〜5.17 Mbにあたる約390キロベースの領域まで絞り込まれました。

主な結果 ― 2つの候補遺伝子

著者らは、絞り込んだこの領域の中にある遺伝子について、既存の注釈情報と、塩基配列の違いが遺伝子の働きにどう影響しうるかを予測する解析(変異影響予測)を行いました。その結果、ストレスに関係すると考えられる候補遺伝子がいくつか見いだされました。

中でも、Os06g0196700(オーキシン応答因子1)とOs06g0199100(P型ペンタトリコペプチドリピートタンパク質)の2つが、耐塩性に関わる最も有力な候補遺伝子と考えられたと報告されています。ただしこれは注釈情報と予測解析に基づく候補の提示であり、この段階でそれぞれの遺伝子の働きが実験的に確かめられたわけではありません。

この研究が示すこと

この研究は、生殖成長期という収量に直結する時期の耐塩性について、ナナボクラ由来の効果を複数年の試験で繰り返し確認し、関わる領域を第6染色体上の限られた範囲まで狭めたものです。塩ストレス下で分げつ数が保たれ、体内の塩分成分が低く抑えられるという形質の違いが、特定の染色体領域と結びつけて示されました。

著者らは、これらの知見が今後の遺伝子の単離とその働きの検証に向けた基盤となり、生殖成長期の耐塩性を支える遺伝的・分子的なしくみの解明につながりうると述べています。どの性質がどの遺伝子の働きによるのかを明らかにする作業は、ここから先の課題として残されています。

著者:M M Emam Ahmed(Graduate School of Environmental, Life, Natural Science and Technology Okayama University Okayama Japan)、Koki Maeoka(Graduate School of Environment and Life Science Okayama University Okayama Japan)、Yuki Sakata(School of Agriculture Okayama University Okayama Japan)、Asami Tomita(Graduate School of Environmental, Life, Natural Science and Technology Okayama University Okayama Japan)、Yoshihiko Hirai(Graduate School of Environmental, Life, Natural Science and Technology Okayama University Okayama Japan)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):M M Emam Ahmed, Koki Maeoka, Yuki Sakata, et al. Validation and Fine Mapping of Quantitative Trait Loci Associated With Salinity Tolerance at Reproductive Stage on Chromosome 6 in the Rice Variety Nona Bokra. Journal of Agronomy and Crop Science 2026-09-28. DOI: 10.1111/jac.70252. 原著ライセンス:CC BY.