この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Gels (Basel, Switzerland)
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の狙い:見過ごされてきたタンパク質資源
畜産の環境負荷を抑え、増え続ける世界の人口を養うため、食品業界は動物性タンパク質の代わりになる植物性の原料を探しています。大豆やエンドウ、ヒヨコマメなどはすでに研究が進んでいますが、著者らは、中国の薬食同源(医薬にも食品にも使われる)植物資源が持つタンパク質は長く見過ごされてきたと指摘します。こうした植物からはポリフェノールや油、多糖類が取り出される一方、タンパク質の部分は副産物として捨てられ、資源の無駄につながっているといいます。
エゴマ(Perilla frutescens (L.) Britt.)の種子もその一つです。論文によれば、現在は主に油と多糖類の抽出に使われ、タンパク質の性質はほとんど調べられていません。ただし植物性タンパク質には共通の弱点があり、分子の構造が固く詰まっていて水に溶けにくいため、固まる(ゲル化する)力や乳化する力が動物性タンパク質に及びません。
そこで研究チームは、エゴマ種子から取り出したタンパク質(論文ではPSPIと表記)に三つの物理的な処理を、単独で、また二つ・三つを組み合わせて加え、構造がどう変わるかを調べました。さらに改質したタンパク質をプロバイオティクス(乳酸菌など)で発酵させ、できたゲルの性質を評価しています。ヨーグルトのような発酵植物性タンパク質ゲルへの応用に向けた科学的な土台を作ることが目的です。
三つの物理的処理と、その調べ方
用いた処理は次の三つです。一つ目の超音波処理は、液中に細かい泡が生まれてはじける「キャビテーション」の力で、分子をつなぐ弱い結合を壊し、タンパク質を解きほぐします。二つ目の高圧均質化は、分散液に強いせん断力や乱流をかけて、固まった構造をばらばらにします。三つ目のpHシフト法は、タンパク質を強いアルカリ性などの条件に一度さらしてから中性に戻すことで、構造を部分的にほどいて再び折りたたませ、内部に隠れていた反応しやすい部分を表面に出す手法です。
研究チームはまず、各処理と組み合わせで水への溶けやすさ(溶解性)を比べました。その結果をもとに、代表的な三つの条件、すなわち超音波のみ(U)、pHシフトのあと超音波(pH+U)、pHシフト・高圧均質化・超音波の三つすべて(pH+H+U)を選び、さらに詳しく構造と機能を調べています。粒子の大きさや表面の電荷、電子顕微鏡による観察、タンパク質の二次構造・三次構造の分析、表面の疎水性(水をはじく部分の露出度)、熱で変性する温度、遊離のSH基(のちに架橋をつくりうる反応点)の量などが測定項目です。
そのうえで、改質したタンパク質を乳酸菌類やビフィズス菌を含むスターター培養で発酵させ、できたゲルの白さ、最終pH、ゲル強度、水を保つ力(保水性)、生菌数、流動特性、内部の微細構造を評価しました。ゲルの性質については独立して調製・発酵させた三回分の試料で測定しています。
報告された主な結果
三つの処理はいずれも単独でも溶解性を高め、そのなかでは超音波が最も効果的でした。二つの組み合わせでも、超音波を含む条件のほうがそうでない条件より優れていました。そして三つすべてを組み合わせた条件が最も効果が大きく、溶解性は129%向上したと報告されています。
構造面でも一貫した変化が見られました。処理していないエゴマ種子タンパク質は直径100〜200ナノメートルの球状の粒子が大きな塊に集まっており、これが溶けにくさの理由だと説明されています。超音波でこの塊がくずれ、pHシフトと組み合わせるともとの球状粒子はほぼ消えてより細かい粒子に置き換わり、三つすべてを適用すると粒子どうしの凝集が目立って減りました。粒子径は三重処理で最も小さく、表面の電荷(絶対値)、構造の乱れを表すランダムコイルの割合、表面疎水性、遊離SH基の量はいずれも三重処理で最大となりました。熱変性温度は処理によって下がり、三重処理で最も低くなっています。一方、SDS-PAGEで調べたタンパク質の主要な構成単位(サブユニット)には、どの処理でも違いは見られず、分解は起きていませんでした。
発酵させると、どの試料も10時間でゲルになりました。ただし未処理のタンパク質から作ったゲルは安定性が低く、容器の壁に付着しませんでした。改質した試料はいずれも安定したゲルを作り、三つすべてを組み合わせた場合は底面がなめらかで均一、壁からの剥離も見られませんでした。ゲル強度、保水性、見かけの粘度、貯蔵弾性率(構造の固さを表す指標)、生菌数はいずれも改質によって有意に向上し、三重処理で最も高い値を示しました。顕微鏡観察でも、三重処理のゲルは孔がほとんど見られず、緻密で均一な構造になっていました。生菌数はどのゲルも1×10^7 CFU/mLで、これはコーデックス規格が発酵乳製品の総生菌数に定める最低基準と同程度の水準だと述べられています。
著者らは解釈上の留保も明記しています。ゲル強度や保水性の向上は疎水性相互作用やジスルフィド結合の形成が関わっていると考えられるものの、最終的なゲル内部でそれらが実際に働いている直接の証拠は今後の課題だとしています。また、構造や物性の測定は一つのバッチから採った試料で行われたこと、詳しい評価を溶解性で選んだ三条件に限ったため、pHシフトや高圧均質化それぞれの寄与や相互作用を切り分けて定量することはできず、条件間で見られた段階的な改善は順序としての改善として読むべきだと説明しています。発酵によって有機酸が生じ、pHがタンパク質の等電点に近づいて静電的な反発が弱まりゲル網目ができるという経路も、妥当な仮説ではあるが今回の測定だけでは確かめられていないと述べられています。
この研究が示すこと
この研究は、油や多糖類の採取に使われるだけだったエゴマ種子のタンパク質について、物理的な処理を順に組み合わせることで水に溶けやすくなり、発酵によって安定したゲルを作れるようになることを示しました。処理はタンパク質を化学的に分解するのではなく、折りたたまれた形をほどいて隠れていた部分を表に出すという、構造の組み替えによって働いていた点も特徴的です。
著者らは、こうした多重の物理的改質が、これまで活用されてこなかった植物性タンパク質を機能性のある食品素材へと引き上げる有効な方法であり、本研究は発酵植物性ゲルへの応用可能性を示す概念実証にあたると位置づけています。捨てられていた副産物を資源として見直す視点を、具体的な測定結果とともに提示した研究といえます。
著者:Liu L(School of Pharmacy, Nanjing University of Chinese Medicine, Nanjing 210023, China.)、Wang M(School of Pharmacy, Nanjing University of Chinese Medicine, Nanjing 210023, China.)、Lu G(School of Pharmacy, Nanjing University of Chinese Medicine, Nanjing 210023, China.)、Zhang Y(School of Pharmacy, Nanjing University of Chinese Medicine, Nanjing 210023, China.)、Xue F(School of Pharmacy, Nanjing University of Chinese Medicine, Nanjing 210023, China.; Jiangsu Key Laboratory of Medicinal Substance and Utilization of Fresh Chinese Medicine, Nanjing University of Chinese Medicine, Nanjing 210023, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Liu L, Wang M, Lu G, et al. Modification of Perilla (<i>Perilla frutescens</i> (L.) Britt.) Seed Protein via Physical Treatments for Enhanced Gelation Properties. Gels (Basel, Switzerland) 2026-09-02. DOI: 10.3390/gels12090800. 原著ライセンス:CC BY.