この研究は、イランの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Food Science & Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
肉やその加工品は、加工中や冷蔵保存の間に脂質やタンパク質の酸化が進みやすく、風味・食感・栄養価が損なわれることがあります。また微生物による腐敗も起こりやすく、変色や不快なにおいのもとになる揮発性の成分が生じます。こうした背景から、合成の保存料や酸化防止剤に代えて、植物由来の天然成分を使う研究が各国で進められてきました。
研究チームが着目したのは、香草から得られる「精油」です。精油は芳香をもつ揮発性の成分の集まりで、抗菌作用や抗酸化作用をもつ成分を含むことが知られています。ただし精油は油になじみやすく揮発しやすいため、光・温度・酸素などの影響を受けやすく、食品中で効果が長続きしにくいという弱点があります。そこで論文では、精油を微細なカプセルに封じ込める「ナノカプセル化」によってこの弱点を補えるかを検討しました。
具体的な対象として選ばれたのが、料理用ハーブとして世界中で使われるスイートバジル(Ocimum basilicum L.)と、イランで漬物やヨーグルト、チーズなどの香りづけに使われる多年草エキノフォラ・プラティロバ(Echinophora platyloba DC.)です。著者らは、この二種の精油について、そのままの形(フリー)と、キトサンでナノカプセル化した形の両方を牛肉バーガーに加え、冷蔵保存中の品質への影響を調べたと述べています。キトサンはカニやエビの殻などに含まれるキチンから作られる多糖類で、安全性や生分解性、抗菌・抗酸化性から食品加工や包装に利用されている素材です。著者らによれば、この二種の精油とそのナノカプセル化物が牛肉バーガーの保存性に与える影響を扱った報告はこれまでになく、本研究がそれを目的としています。
どのように調べたか
精油は、イラン中央部のザグロス山脈高地で採取したエキノフォラの地上部(葉・茎・花)と、スイートバジルの葉と茎から、水蒸気蒸留法によって取り出されました。得られた精油の成分は、ガスクロマトグラフィーと質量分析の装置を用いて同定されています。
ナノカプセルは「イオンゲル化法」という方法で作られました。酢酸に溶かしたキトサンの溶液に精油を少しずつ加え、さらにトリポリリン酸ナトリウムの溶液を加えて粒子を形成させる手順です。できた粒子については、平均粒子径、粒子径のばらつきを示す多分散指数(PDI)、粒子の安定性と関係するゼータ電位、精油がどれだけ閉じ込められたかを示す封入率が測定され、走査型電子顕微鏡で表面の形も観察されました。
抗菌性については、食中毒に関わる二種の細菌――グラム陽性の黄色ブドウ球菌とグラム陰性の大腸菌――を対象に、最小発育阻止濃度(MIC)の測定とディスク拡散法による阻止円の測定が行われました。
バーガーは牛肉95%にタマネギ、塩、香辛料を加えた配合で作られ、精油を加えない対照区のほか、フリーおよびナノカプセル化した精油を単独または等量の組み合わせで、バーガー1000グラムあたり100ミリグラムと200ミリグラムの濃度で添加した区が設けられました。試料はポリエチレン袋に包装して4℃で12日間保存し、1日目・4日目・8日目・12日目に評価されました。測定項目には、水分含量、水分活性、pH、総フェノール量、総フラボノイド量、DPPH法による抗酸化活性、脂質酸化の指標であるTBARS値、色の指標に加え、総菌数や黄色ブドウ球菌、大腸菌、カビ・酵母、低温性細菌などの微生物検査が含まれます。統計解析は二元配置分散分析とダンカンの多重範囲検定(有意水準p≤0.05)で行われ、主成分分析と階層的クラスター分析も併用されました。
報告された主な結果
精油の成分分析では、スイートバジルから22成分(全体の約97.5%に相当)が同定され、主成分はエストラゴール(メチルチャビコール)が55.92%、1,8-シネオールが10.33%、リナロールが7.91%などでした。エキノフォラの精油からは36成分(約91%に相当)が検出され、シス-β-オシメンが22.66%、1,8-シネオールが11.67%、メチルチャビコールが10.12%、p-シメンが5.47%、リナロールが4.19%、α-ピネンが4.06%などと報告されています。著者らは、両ハーブの精油組成は遺伝的要因や環境条件、栽培管理などによって大きく変わりうると述べています。
ナノカプセルの性質では、バジル精油を含むキトサンナノカプセルの平均粒子径が70.15ナノメートル、エキノフォラ精油を含むものが60.4ナノメートルと報告されました。精油を含まないキトサンの平均径は500ナノメートルであり、精油を加えることで粒子が小さくなったとされています。ゼータ電位はそれぞれ63.61±0.22ミリボルト、65.18±0.18ミリボルトでした。PDIは、精油を含まないキトサンが0.711だったのに対し、バジル入りが0.291、エキノフォラ入りが0.283で、より均一な粒度分布を示す値だったと報告されています。論文では一般的な目安として、PDIが0.3未満なら粒子径が均一、0.5を超えると不均一の度合いが高いとされる分類が紹介されています。電子顕微鏡では、カプセルはほぼ球形で表面に凹凸があり、断面には空隙や細孔が見られました。著者らはこれを、乾燥の過程で表面から精油が揮発した跡と関連づけて説明しています。
抗菌性の試験では、試験管内の条件で黄色ブドウ球菌と大腸菌のいずれに対しても、阻止円の直径が最も大きかったのはナノカプセル化していないエキノフォラ精油でした。MICおよび最小殺菌濃度(MBC)の値でも、フリーのエキノフォラ精油が最も強い抗菌性を示したと報告されています。また両菌を比べると、黄色ブドウ球菌のほうがこれらの天然成分に対して感受性が高いという結果でした。著者らはその理由として、グラム陰性菌がもつリポ多糖に富む外膜が、生理活性成分の侵入を妨げる障壁として働く一方、グラム陽性菌にはそのような外膜がないことを挙げています。
バーガーの品質については、水分含量と水分活性に試料間で統計的に意味のある差が認められました。エキノフォラ精油を加えた区と、バジル精油をキトサンでナノカプセル化した区は、他の区より水分含量と水分活性が高かったと報告されています。いずれの試料も保存期間中に水分含量と水分活性は低下しました。著者らは、精油を含むキトサンナノカプセルが水分の保持に寄与し、対照区に比べて水分の損失が抑えられたと説明しています。
この研究が示すこと
この研究は、二種の香草の精油をキトサンのナノカプセルに封じ込めたときに、粒子の大きさや均一性、電気的な安定性の指標がどう変わるかを具体的な数値で示し、そのうえで実際の食品である牛肉バーガーに加えて冷蔵保存中の変化を追った点に特徴があります。
報告された内容からは、試験管内で最も強い抗菌性を示したのはカプセル化していないエキノフォラ精油だった一方で、バーガーの水分保持ではナノカプセル化したバジル精油を加えた区が良好だったというように、評価する場面によって結果の現れ方が異なることが読み取れます。天然由来の成分を食品の保存に生かそうとするとき、成分そのものの性質だけでなく、それをどのような形で食品に届けるかという設計もあわせて検討する必要があることを、この研究は具体的なデータとともに示しています。
著者:Samira Malekiazar(Department of Food Science and Technology, ShQ.C Islamic Azad University Shahr‐e Qods Iran)、Alireza Rahman(Department of Food Science and Technology, ShQ.C Islamic Azad University Shahr‐e Qods Iran)、Mohammadreza Khani(Department of Food Science and Technology, ShQ.C Islamic Azad University Shahr‐e Qods Iran)、Toktam Mostaghim(Department of Food Science and Technology, ShQ.C Islamic Azad University Shahr‐e Qods Iran)、Abdollah Ghasemi Pirbalouti(Department of Food Science and Technology, TeMS.C Islamic Azad University Tehran Iran)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Samira Malekiazar, Alireza Rahman, Mohammadreza Khani, et al. Nanoencapsulation of Basil ( Ocimum basilicum L.) and Echinophora platyloba DC . Essential Oils in Chitosan Nanoparticles: Characterization and Efficacy in Burger Preservation. Food Science & Nutrition 2026-09-01. DOI: 10.1002/fsn3.72336. 原著ライセンス:CC BY.