著者の所属・活動拠点の国は、カザフスタン、ドイツです。

掲載誌:npj Science of Food

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜコーヒーの香りの分析法を見直すのか

国際コーヒー機関の推計によれば、コーヒーは世界で1日に約20億杯飲まれています。その価値を大きく左右するのが香りです。著者らによると、コーヒーの香りは加工や焙煎の過程で生じる1000種類以上の揮発性有機化合物(常温で気体になりやすい化合物)に由来します。ただし、実際に香りの感じ方に影響するのはそのうち約5%にとどまるとされています。

こうした香り成分の分析には、従来、液液抽出や固相抽出と呼ばれる方法が主に使われてきました。著者らは、これらの方法では有機溶媒を多く消費し、有害な廃液が生じ、運用コストも高くなる点を指摘しています。さらに前処理に手間がかかるため、一度に処理できる試料の数が限られ、成分の損失や汚染が起こりやすいことも課題に挙げています。

このレビューは、溶媒を使わずに香り成分を集められる「固相マイクロ抽出法(SPME)」を、環境負荷の小さい試料前処理法として検討することを目的としています。対象とした用途は、香りの特徴づけ、産地の判別、焙煎度の識別、鮮度の評価、保存中の変化の監視です。

どのように調べたか

著者らは、Scopus、Web of Science、ScienceDirect、PubMedの4つの文献データベースを使い、2020年から2025年に発表された原著論文を検索しました。対象としたのは、SPMEでコーヒーの揮発性成分を実験的に分析した研究です。研究の選定には、文献の抽出から最終的な採用までの過程を透明に示すための国際的な手順(PRISMA)を用いました。前処理の条件が十分に記載されていない研究や、SPME以外の抽出法を用いた研究は除外しています。

最終的に選ばれた34件の研究について、著者らはAGREEprepという指標で前処理工程の「環境へのやさしさ」を評価しました。AGREEprepは試料前処理の段階に特化した評価指標です。使用する試薬や溶媒の安全性、廃棄物の量、処理能力、工程数や自動化の度合い、エネルギー消費、危険性の数など10項目を点検し、0(最も環境負荷が大きい)から1(最も環境にやさしい)までの点数で表します。著者らがこの指標を選んだ理由は、対象研究の多くが後段の分析にガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)という共通の装置を使っていたためです。そのため、前処理だけに注目した方が研究間の違いを見分けやすいと判断しました。

SPMEの特徴と分析条件の要点

SPMEは、吸着材をコーティングした細い繊維(ファイバー)を試料の上部の空間などにさらし、香り成分を吸着させてからそのまま分析装置に導入する方法です。著者らによると、溶媒を使わないため有害な廃液が出ず、作業者が溶媒にさらされる機会も減らせます。また、広く使われるコーティングの一つであるDVB/CAR/PDMSのファイバーは、性能を大きく落とさずに200回以上繰り返し使えると紹介されています。そのため、1本のファイバーで使い捨ての固相抽出カートリッジを多数置き換えられることになります。吸着材の量が従来のファイバーより5〜20倍多い「SPME Arrow」という形式も開発されており、ごく微量の香り成分の検出感度を高めるとされています。

レビューでは、分析条件の選び方も整理されています。比較研究では、幅広い性質の成分をまとめて捉えられる三層コーティングのDVB/CAR/PDMSが、コーヒーの香りを網羅的に調べるのに最も適していると一貫して報告されています。抽出温度は、生豆では熱による変質を避けるために30℃前後、焙煎豆では60〜75℃が一般的です。産地判別の研究では、70℃で抽出すると50℃の場合より多くの成分が検出され(408対380)、産地分類に使う指紋のようなパターンもより信頼できるものになったと紹介されています。そのほか、焙煎豆の試料量を0.5gから1.0gに増やすと信号が大きく強まる一方、1.5gまで増やしても効果は頭打ちになったという報告も取り上げられています。

SPMEで見えてくるコーヒーの品質

著者らは、SPMEで捉えられる香り成分と品質との関係もまとめています。焙煎豆では、甘くカラメルのような香りをもつフラン類が揮発性成分全体の約25〜41%、香ばしくナッツのような香りをもつピラジン類が約25〜39%を占めると紹介されています。一方で、同じピラジン類の仲間でも、2-イソプロピル-3-メトキシピラジンは「ポテト臭」と呼ばれる土っぽい欠点臭と関連づけられています。

焙煎については、焙煎の度合いが産地や品種よりも成分の特徴に強く影響することが多いと報告されています。保存中の劣化については、脂質の酸化で生じるヘキサナールが代表的な指標とされています。ただし、ヘキサナールの量は単純に増え続けるわけではないため、単一の成分だけでなく複数の指標を組み合わせる必要があると著者らは述べています。保存条件の中では温度の影響が最も大きく、粉に挽いたコーヒーは豆のままのコーヒーよりも劣化が速いという報告も紹介されています。産地の判別については、SPMEとGC-MSを組み合わせた分析が、試料を壊さず環境にも配慮した方法として主要な役割を果たしていると位置づけられています。

このレビューは、コーヒーの香り分析において、SPMEが溶媒をほとんど使わない前処理法として、品質評価の幅広い場面で活用されていることを示しています。感覚に頼りがちな香りの評価を、再現性のある化学データで裏付ける手段として、SPMEの環境面と分析面での利点を整理した点に、このレビューの意義があります。

原著論文の著者・所属:Yerkanat Syrgabek(Center of Physical-Chemical Methods of Research and Analysis, Al-Farabi Kazakh National University, Almaty, Kazakhstan; Department of Fundamental Medicine, Faculty of Medicine and Healthcare, Al-Farabi Kazakh National University, Almaty, Kazakhstan)、Adrián Fuente-Ballesteros(Institute of Sustainable Chemistry, School of Sustainability, Leuphana University Lüneburg, Lüneburg, Germany. [email protected])、Vânia G. Zuin Zeidler(Institute of Sustainable Chemistry, School of Sustainability, Leuphana University Lüneburg, Lüneburg, Germany. [email protected])

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yerkanat Syrgabek, Adrián Fuente-Ballesteros, Vânia G. Zuin Zeidler. Solid-phase microextraction as a green sample preparation strategy for volatile organic compound profiling in coffee: a review with AGREEprep-based evaluation. npj Science of Food 2026-07-30. DOI: 10.1038/s41538-026-00984-4. 原著ライセンス:CC BY.