納豆づくりに使われる納豆菌(Bacillus subtilis subsp. natto)は、ナットウキナーゼやビタミンK2(MK-7)、ポリグルタミン酸(γ-PGA)といった機能性物質をつくる有用な微生物として知られています。ところが遺伝的には、実験室でよく使われる標準株(B. subtilis subsp. subtilis 168)など近縁の菌株ととても似通っており、DNAレベルで納豆菌だけを正確に見分けることは、これまで簡単ではありませんでした。日本大学生物資源科学部食品生命科学科の研究グループは、この課題に対して、菌どうしが会話するための仕組み「クオラムセンシング」に関わる遺伝子comQに着目し、納豆菌を素早く特定・定量できるPCR検査法を開発しました。研究成果はプロス・ワン誌に2026年8月に掲載予定です。

納豆菌はなぜ見分けにくいのか

研究チームは、今回新たに解読した9株を含む合計70種類の細菌ゲノムを比較しました。ゲノム全体の類似度(ANI)を調べると、納豆菌の代表株BEST195に対して、同じ仲間の枯草菌群の株はいずれも98%を超える高い一致率を示し、種としてのまとまりが強いことが確認されました。このため、16S rRNA遺伝子やgyrA、recQといった従来の系統マーカーでは納豆菌と近縁株を区別できません。さらに、これまで納豆菌の目印として使われてきたビオチン合成遺伝子(bioF、bioW)、鞭毛の構造遺伝子(fliF)、挿入配列(IS4Bsu1、IS256Bsu1など)にも弱点があり、増幅断片の判別が難しかったり、コピー数が不安定だったり、変異株では欠失が起きたりする問題が指摘されていました。実際、今回のスクリーニングでは、Miz-8やPN1236など計15株の「非典型」な株で、これらの従来マーカーの配列同一性が99%以下だったり、一部が欠失したりしていることが判明しました。

comQ遺伝子は納豆菌の「変わらない目印」だった

一方でcomQ遺伝子は、上記の15株を含めてすべて100%の構造的な保存を示しました。研究チームは、納豆菌に近い42株についてcomQ、comX(シグナルペプチド)、comP(センサー)、comA(応答調節因子)というクオラムセンシングに関わる4つの遺伝子のアミノ酸配列を比較し、系統樹を作成しました。その結果、comQ・comX・comPは納豆菌のグループで単系統(同じ起源から枝分かれしたひとまとまり)を形成し、標準株168とはアミノ酸配列の一致率がそれぞれ約35.5%、16.0%、39.8%まで大きく下がることがわかりました。一方でcomAはそうした系統特異性を示しませんでした。統計解析(マンテル検定)でも、comQ・comX・comPの3つは互いに強く連動して進化してきたことが裏づけられ、これら3遺伝子がひとつの機能単位として働いている可能性が示されました。さらに、comQについて非同義置換と同義置換の比率(dN/dS)を計算したところ0.10という低い値となり、統計的にも有意な「純化選択(不要な変異を排除する自然選択)」を受けていることが確認されました。この強い保存性のおかげで、comQは従来マーカーが崩れてしまう非典型株でも見失われない、安定した目印になるというのが研究チームの見立てです。

実際の検査性能と市販納豆での検証

このcomQを標的にした2種類のプライマー(comQ-F241/R831は通常のPCR用、comQ-qF/qRはリアルタイムPCR用)を設計し、37菌株(納豆菌18株、非標的の近縁菌19株)で検証したところ、通常PCRでは納豆菌のすべて(18株)で陽性、非標的の19株ではすべて陰性という完全な選別性が得られました。検出感度は鋳型DNA0.01ナノグラム(ゲノムコピー数にして約2,200コピー相当)でした。リアルタイムPCRでは、標的株(NBRC 16449)の増幅開始サイクル(Cq値)が平均19.53だったのに対し、非標的株(168株、NBRC 101239株)では32〜33台まで遅れ、その差は約13サイクル、8,000倍以上の識別力に相当しました。標準曲線は決定係数R²=0.9973、増幅効率94.2%という高い直線性を示し、標的DNAの10,000倍量にあたる非標的DNAを混ぜても検出精度が保たれることも確認されています。さらに、市販の納豆製品3ブランドから抽出したDNAを使って検証したところ、comQのコピー数と、培養して数えた生菌数(コロニー形成単位、8.73〜8.82 log10 CFU/mL)との間に良い対応関係が見られ、培養によって菌を増やさなくても、複雑な食品サンプルからそのまま定量できる可能性が示されました。

この研究の位置づけと今後

研究グループは、はちみつから分離された納豆菌株でもcomQXPA領域の配列が発酵大豆由来の株と100%一致していたことから、この遺伝子が由来にかかわらず納豆菌の遺伝的な核として安定していると考察しています。応用面としては、食品の品質管理だけでなく、まれに重症の菌血症(血液中での細菌感染)に関連する納豆菌系統の追跡といった、医療分野での菌株モニタリングにも役立つ可能性があるとされています。ただし、これは一つの研究グループによる検証結果であり、より多様な納豆菌株や食品サンプル、臨床検体での追試を積み重ねることで、検査法としての信頼性がさらに確かめられていく段階にあるといえます。

まとめ

今回の研究では、クオラムセンシングに関わるcomQ遺伝子が、納豆菌のグループ内では驚くほど保存されている一方、近縁の枯草菌とは大きく異なるという特徴を利用し、納豆菌を高い精度で見分け、数を測定できるPCR検査法が開発されました。従来の目印遺伝子が変異株で見失われるリスクがあったのに対し、comQは非典型株でも構造が保たれていた点が特色です。市販納豆での検証も行われており、食品の品質管理や微生物モニタリングの新しい手段として今後の展開が注目されます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Mayu Takizawa, Daisuke Kyoui, Rika Horiguchi, et al. Development of a rapid comQ-targeted quantitative polymerase chain reaction assay for specific identification and quantification of Bacillus subtilis subsp. natto. プロス・ワン (2026). DOI: 10.1371/journal.pone.0355394. 原著ライセンス: cc-by.