日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Japanese Journal of Infectious Diseases
ライセンス: 論文に記載なし
お弁当や仕出し料理が原因となる食中毒のニュースは珍しくありませんが、原因菌が「どこから来て、どう広がったのか」を正確に突き止めるのは簡単ではありません。今回紹介するのは、沖縄県で発生した2件のセレウス菌群による食中毒事例について、ゲノム(遺伝情報全体)を詳しく読み解くことで感染源の関係を調べた研究です。研究には沖縄県衛生環境研究所(Okinawa Prefectural Institute of Health and Environment)に所属する研究者が携わっており、対象となった2件の食中毒はいずれも日本国内、沖縄県で起きた事例です。
何を、どう調べたのか
調査対象となったのは、2021年10月に発生した1件目の食中毒(OB1)と、2022年11月に発生した2件目の食中毒(OB2)です。OB1は、ある仕出し施設が調製した弁当が複数の学校に配られたことに関連しており、弁当を食べた13人のうち11人(発症率84.6%)が嘔吐や腹痛などの症状を訴え、症状が出るまでの時間(潜伏期間)は中央値1.0時間(0.5~2.5時間)でした。OB2は修学旅行中に提供された弁当が原因とみられ、OB1とは別の仕出し施設が調製したものでした。食べた157人のうち31人(発症率19.7%)が嘔吐・下痢・腹痛を発症し、潜伏期間の中央値は4.5時間(2.5~30.5時間)でした。
患者、食品(OB1のみ)、調理環境(調理場のふき取りなど)から得られた菌のうち、嘔吐毒(セレウリド)をつくる遺伝子を持つ菌株、合計30株を対象に全ゲノム解析が行われました。菌はNGKG寒天培地で培養され、セレウリド合成酵素遺伝子の有無をPCR検査で確認したうえで、Illumina iSeq 100という機器を用いてゲノム配列が読み取られました。得られた配列は「SNPcaster」という解析パイプラインで処理され、菌同士のゲノムをごく細かい文字(塩基)単位で比較する「コアゲノムSNP(一塩基多型)解析」が行われています。基準となる参照ゲノムには、完全な配列が公開されている菌株(GCF_024296885.1、ゲノムサイズ約524万塩基対)が使われ、実際に比較に使われたコアゲノム領域は約400万塩基対、参照ゲノムの約76.3%に相当しました。
わかったこと
種の同定や遺伝子型の判定の結果、30株すべてがBacillus paranthracisという種に分類され、遺伝子型は「配列型26(ST26)」「panCグループIII」で一致していました。また全株が嘔吐毒(セレウリド)の合成に関わる遺伝子群(cesABCD)と、下痢原性に関わるとされる非溶血性エンテロトキシン遺伝子群(nheABC)を持ち、Glassetらが提唱した遺伝的シグネチャー分類では全株が「GS3」という、嘔吐型食中毒に関連するとされるタイプに一致していました。これは、両事例で潜伏期間が短めだった(特にOB1)という臨床像とも合致する結果とされています。
ここまでの結果だけを見ると、2つの食中毒は同じ菌株による可能性もありそうに思えます。しかしコアゲノムSNP解析でさらに細かく比較すると、様相が変わりました。OB1内の菌株どうしの違いはわずか0~2カ所、OB2内の菌株どうしの違いも0~3カ所と、それぞれの事例の中では菌株がほぼ同一といえるほど近縁でした。特にOB1では、患者・食品(炊いたご飯や鶏の天ぷら)・調理環境から得られた菌株が一つのまとまったグループを形成しており、これは共通の感染源(仕出し施設)を裏付ける結果として位置づけられています。OB2でも、食べ残しの食品は検査できなかったものの、患者由来株と調理環境由来株が近縁だったことから、調理環境との関連が示唆されています。
一方で、OB1とOB2の菌株どうしを比べると、353~356カ所ものSNPの違いがありました。同じ沖縄県内で、同じ配列型(ST26)・同じpanCグループの菌による食中毒が1年の間隔をおいて起きていたにもかかわらず、実際には遺伝的に異なる別々の菌株が原因だったことになります。論文では、この結果は米国で2016年に報告された食中毒調査(同一事例内での違いが平均8~12SNP程度)とも整合的であり、また無関係などうしのST26株が数百SNP規模で異なるとした過去の報告とも一致すると述べられています。
この研究の読み方
この研究が示しているのは、従来の遺伝子型別(MLSTやpanCグループなど)だけでは「同じ型」としか区別できなかった菌株どうしを、全ゲノムレベルのSNP解析によってより細かく識別できるということです。今回の2事例は、通常の検査方法では見分けがつきにくいほど似た菌株による食中毒でしたが、ゲノム解析によって「別々の感染源から生じた、別の菌株による事例」であることが明確に示されました。ただしこれは沖縄県で発生した2件の事例を対象にした報告であり、他地域や他の菌株にそのまま当てはまるとは限りません。また、OB2では食べ残しの食品が検査に利用できなかったため、感染源の特定は患者由来株と調理環境由来株の近縁性に基づく間接的な裏付けにとどまっています。一つの研究であり、ここで得られた知見がすべてのセレウス菌群食中毒に一般化できると確定したわけではない点には留意が必要です。
まとめ
今回の研究では、沖縄県で1年の間隔を置いて発生した2件のセレウス菌群による食中毒について、全ゲノム解析とコアゲノムSNP解析を用いた比較が行われました。従来の分類法では似た菌株に見えた2事例が、実際には遺伝的に異なる菌株によるものであったこと、そしてOB1では患者・食品・調理環境の菌株が共通の感染源に由来することが遺伝子レベルで裏付けられたことが報告されています。著者らは、こうしたゲノムに基づく解析手法が、食中毒調査における感染経路の特定や精度向上に役立つ可能性を示す事例として、この2件の解析結果を位置づけています。
著者:Tsuyoshi Kudeken(Research Center for Infectious Disease, Okinawa Prefectural Institute of Health and Environment, Japan)、Tetsuya Kakita(Research Center for Infectious Disease, Okinawa Prefectural Institute of Health and Environment, Japan)、Haruno Taira(Research Center for Infectious Disease, Okinawa Prefectural Institute of Health and Environment, Japan)、Morimi Teruya(Research Center for Infectious Disease, Okinawa Prefectural Institute of Health and Environment, Japan)、Makoto Ohnishi(Research Center for Infectious Disease, Okinawa Prefectural Institute of Health and Environment, Japan)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Tsuyoshi Kudeken, Tetsuya Kakita, Haruno Taira, et al. Core-genome single-nucleotide polymorphism (SNP) analysis of two foodborne outbreaks caused by the Bacillus cereus group in Japan. 日本感染症学会誌(ジャパニーズ・ジャーナル・オブ・インフェクシャス・ディジージズ) (2026). DOI: 10.7883/yoken.jjid.2026.045.