日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
コーヒー豆は収穫後、果肉を取り除く過程で発酵という工程を経ることが多く、この発酵の進み具合が風味に影響すると考えられています。発酵段階を客観的に把握できれば品質管理に役立ちますが、従来は化学分析など手間のかかる方法に頼らざるを得ませんでした。今回紹介する研究は、光を当てて豆の状態を読み取る蛍光分光法という手法が、この発酵モニタリングに使えるかどうかを検証したものです。
この研究は日本主導で行われました。三重大学大学院・生物資源学研究科の環境科学分野に所属する研究者(Hirotaka Naito氏、Wataru Nakagawa氏、Tetsuhito Suzuki氏、Yoshinari Morio氏)が中心となり、三重県工業研究所の研究者(Keishi Hasegawa氏、Hironori Maruyama氏)も加わっています。対象となったのはインドネシア産のロブスタ種コーヒー豆で、発酵0日目から4日目までのサンプルが分析に使われました。
クロロゲン酸の『光り方』を手がかりにする
研究チームがまず注目したのは、コーヒーに含まれるポリフェノールの一種であるクロロゲン酸(CGA)です。コーヒー抽出物(水抽出物および粉末)に特定の波長の光を当て、どの波長でどれだけ強く光る(蛍光を発する)かを網羅的に測定する励起-蛍光マトリックス(EEM)という手法を用いました。あわせてHPLC(高速液体クロマトグラフィー)でCGAの含有量を実際に測定し、蛍光の強さとCGA量の関係を照合しています。
その結果、CGAの標準品は励起波長370ナノメートル・発光波長450ナノメートル付近で蛍光を発することが確認されました。さらに、抽出物にCGAを既知量だけ追加していく標準添加実験では、CGAはほぼ量に比例して蛍光を足し合わせる形で寄与することがわかりました。しかし、この発光バンド全体の強度のうち、CGAが占める割合は3分の1から3分の2程度にとどまり、残りは他の成分による寄与と考えられます。そのため、CGAの含有量が増えても、観測される蛍光バンドの強度が単純に比例して増えるわけではありませんでした。
発酵段階の見分けは『どれだけ』ではなく『どのパターンか』
さらに重要な指摘として、同じ発酵バッチ内でも豆一粒ごとのばらつきが、発酵段階が異なることによる違いよりも大きいことが示されました。発酵段階の違いによる変動は全体のばらつきのうち33%程度しか説明できず、この結果から、蛍光強度を使ってCGA含有量を定量的に読み取る用途には向かないと結論づけられています。
一方で、蛍光データのパターン全体を統計的に解析する線形判別分析という手法を使うと、未知の試料が発酵の何日目に当たるかを見分ける精度は、水抽出物で71%、粉末で57%となりました。これはでたらめに当てた場合の的中率(20%)を大きく上回る数字です。特に発酵1日目から4日目までに絞って判別した場合の精度は73%に上がり、また未発酵の豆(0日目)に関しては誤って発酵済みと判定されるケースはありませんでした。つまり、蛍光の絶対的な強さそのものよりも、複数の波長にまたがる光り方のパターンを組み合わせて見ることで、発酵の進み具合をある程度区別できる可能性が示されたことになります。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、発酵を1回だけ実施してサンプリングしたデータに基づいています。著者らはこの点を研究の限界として明記しており、今回得られた識別精度は、条件の異なる別の発酵バッチ間で同じ手法を適用した場合の性能の上限を示すものにすぎない、としています。つまり、日や場所を変えて発酵させたコーヒー豆でも同じ精度が再現できるかどうかは、この研究だけでは確認されていません。
また、蛍光の強さそのものからCGAの量を直接読み取る用途には使えないという結果も、今後この技術を実用化する上で踏まえておくべき重要な限界です。
まとめ
この研究では、コーヒー抽出物の蛍光スペクトルにクロロゲン酸が一定の寄与をしていることが確認された一方、その寄与の大きさは含有量と単純に比例せず、豆ごとのばらつきも大きいことが示されました。それでも、蛍光パターン全体を解析することで、発酵段階をある程度区別できる可能性が示唆されています。あくまで一つの研究であり、今回の精度がそのまま実際の生産現場での再現性を保証するものではない点には注意が必要です。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Hirotaka Naito, Wataru Nakagawa, Diding Suhandy, et al. Excitation–emission matrix fluorescence spectroscopy for monitoring coffee fermentation: contribution of chlorogenic acid to the emission band and discrimination of the fermentation stage. アプライド・フード・リサーチ (2026). DOI: 10.1016/j.afres.2026.102531. 原著ライセンス: cc-by-nc-nd.