この研究は、クウェートの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Legume Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
嚥下障害の食事にレンズ豆スープを使えるか
飲み込みに困難がある状態を嚥下障害といいます。高齢者に多く、脳卒中や認知症、筋力の低下などが背景にあります。食べ物や飲み物が気管に入る誤嚥や窒息、栄養不足や脱水につながることもあります。対策の一つが、食べ物や飲み物にとろみをつけて飲み込みやすくする「物性調整食」です。とろみの段階は、国際的な基準であるIDDSI(国際嚥下障害食標準化イニシアチブ)の枠組みで分類されています。
研究チームが注目したのはレンズ豆のスープです。たんぱく質や鉄、ビタミンB群を含み、アジアや中東では日常的に親しまれています。著者らは、嚥下障害の人の献立の選択肢を広げることを目的に、増粘剤として使われる多糖類「タラガム」を配合した市販のとろみ剤を使い、レンズ豆スープをIDDSIのレベル1〜4に調整しました。そのうえで、スープの流れ方や口の中での滑らかさに関わる性質を調べました。
何をどのように調べたか
研究チームは、赤レンズ豆を水で柔らかく煮てミキサーにかけ、細かい網でこして粒のない滑らかなスープを作りました。そこに市販のとろみ剤を、製造元の指示に沿った量で加えています。このとろみ剤は主にタピオカ由来のマルトデキストリンでできており、タラガムを30〜33%含みます。とろみの段階は、IDDSIが定めるシリンジ(注射筒)を使った流下試験で確認しました。10mLのスープを10秒間流し、筒に残った量で分類する方法です。最も濃いレベル4は流れないため、フォークやスプーンを使った試験で確かめています。
続いて、スープの「レオロジー」を測定しました。レオロジーとは、物質がどのように流れ、変形するかを調べる分野です。測定温度は、冷蔵を想定した5°C、室温の25°C、体温の37°Cの3通りです。かき混ぜる速さを変えたときの粘り気の変化、流れ始めるのに必要な力、揺らしたときに固体のように振る舞うか液体のように振る舞うかを調べました。さらに、二つの面がこすれ合うときの摩擦や潤滑を調べる「トライボロジー」の測定も行い、口の中での滑らかさの目安としました。ただし、トライボロジーの測定は装置の制約により25°Cだけで行われています。
主な結果
流下試験では、25°Cで筒に残った量が、レベル1で約2mL、レベル2で7.5mL、レベル3で9.3mLでした。とろみ剤を増やすほど流れにくくなり、レベル4はフォークとスプーンの試験で基準に合うことが確認されました。一方で、レベル2と3は基準の上限付近、またはわずかに上回る値でした。著者らは、とろみ剤の量を少し調整する必要があるかもしれないと述べています。
とろみをつけたスープは、速くかき混ぜるほど粘り気が下がる「ずり流動化」という性質を示しました。とろみの段階が上がるほど、流れ始めるのに必要な力や、ほとんど動かしていないときの粘り気が大きくなりました。また、かき混ぜると構造が崩れて粘り気が下がり、時間とともに戻る「チキソトロピー」という性質も、段階とともにおおむね強まりました。温度を上げると、とろみをつけたスープの粘り気や構造の強さは低下しました。これらの流れ方は、粘り気を表す既存の二つの数式モデルでよく説明できたと報告されています。
研究チームは、注意が必要な点も報告しています。レベル3と4では、ほとんど動かしていないときの粘り気が非常に高くなりました。著者らは、これが飲み込むときに流れ始めるのに必要な力を大きくする可能性があるとしています。さらに、レベル4を37°Cで測定すると、かき混ぜた後にかえって構造が強まるような、通常とは逆の振る舞いが見られました。
揺らしたときの性質の測定では、とろみの段階が上がるほど、液体のような振る舞いと固体のような振る舞いが切り替わる振動数が低くなったと報告されています。著者らはこれを、分子同士がより強く絡み合った網目構造ができていることを示すものと解釈しています。トライボロジーの測定では、レベル1〜3のスープは主に、液体の膜が面の間に入って潤滑する状態か、それと面同士の接触が混在する状態にありました。摩擦の大きさは段階の間で有意な差がなく、著者らは口の中での潤滑性が良好だと評価しています。
研究が示すこと
論文は、タラガムを配合したとろみ剤でレンズ豆スープをIDDSIの各段階に調整でき、段階が上がるほど流れにくく構造が強まることを、流れ方の測定から示しました。一方、摩擦の測定ではレベル1〜3の間に有意な差はなく、著者らはこれらの段階のスープが口の中で良好な潤滑性を示すと評価しています。また、レベル1〜3を37°Cで評価した場合に構造が最も安定していたと結論づけ、スープを体温程度で提供すると流れの性質の面で好ましく、嚥下障害のある人がより安全に飲み込める可能性があると述べています。
この研究は実験室での物性測定に基づくもので、実際に人が飲み込んで確かめたものではありません。それでも、栄養豊富で身近な料理を嚥下障害の食事に取り入れるうえで、とろみ剤の量と提供温度をどう考えるかについて、具体的な手がかりを示した研究といえます。
著者:Jasim Ahmed(Food Security Program, Environment and Life Sciences Research Center Kuwait Institute for Scientific Research Safat Kuwait)、Linu Thomas(Food Security Program, Environment and Life Sciences Research Center Kuwait Institute for Scientific Research Safat Kuwait)、Abdulwahab S. Almusallam(Department of Chemical Engineering, College of Engineering and Petroleum Kuwait University Safat Kuwait)、Hasan Al‐Attar(Food Security Program, Environment and Life Sciences Research Center Kuwait Institute for Scientific Research Safat Kuwait)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jasim Ahmed, Linu Thomas, Abdulwahab S. Almusallam, et al. Rheological and Tribological Properties of Tara Gum‐Thickened Lentil Soups at Selected IDDSI Levels for Dysphagia Management. Legume Science 2026-10-06. DOI: 10.1002/leg3.70156. 原著ライセンス:CC BY.