私たちが普段何気なく食べているムール貝やカキ、アサリの仲間。こうした海産物を、遠い昔の人々はどのように利用していたのでしょうか。フランス北西部・ノルマンディー地方の低地(バス・ノルマンディー)で発掘された遺跡からは、大量の貝殻をはじめとする海の生き物の痕跡が見つかっており、考古学者たちはこれらを手がかりに、原史時代(文字記録が乏しい先史時代の終わり頃)から中世、さらには近世に至るまでの海産物消費の様子を探ってきました。今回紹介する論文は、こうした最近の発掘調査や研究の成果をまとめたものです。
ゴミ捨て場の貝殻から見えてくること
研究では、イフ(Ifs)やフルーリー・シュル・オルヌ(Fleury-sur-Orne)といった遺跡のゴミ捨て場(生活廃棄物が捨てられた場所)から、原史時代から2〜3世紀にかけての大量の貝殻が回収されました。魚類や甲殻類を除くと、もっとも多く見つかったのはムール貝で、次いでザル貝(コックル)、カキが目立つ種であったとされています。
時代が下って、初期中世(アングロサクソン期に相当する頃)のビエヴィル=ブーヴィル(Biéville-Beuville)遺跡では、カキやムール貝に加えて、ヒラメやカレイなどの平たい魚(扁平魚類)が食べられていたことが確認されました。これらの魚は、古代以来珍重されてきたとされています。
また、マンシュ県のタティウー島(Isle of Tatihou)での発掘調査では、海産物の痕跡を漏れなく記録するための採取方法(サンプリングの手順)が新たに考案されました。この手法によって、中世後期の層からはカサガイ(笠貝)やタマキビ貝がもっとも一般的な種として確認されています。興味深いことに、この時代の遺跡では魚の痕跡がほとんど見られませんでした。論文では、これは海産物が主に浜辺を探し歩いて採集されていたためではないかと考察されています。一方、甲殻類(エビやカニの仲間)が消費された形跡が乏しい点については、地域の伝統的な習慣によるものではないかと述べられています。
12〜14世紀のゴミ穴(廃棄物を捨てた穴)からは、ムール貝、タマキビ貝、カサガイの殻を中心に、魚の骨なども見つかっています。近世(16〜18世紀頃)の層からも、基本的には同様の食習慣がうかがえるとされていますが、17世紀の埋め立て層だけは例外で、アクキガイ(murex)の殻が多量に見つかっています。論文では、このアクキガイは食用というよりも、釣りの餌、あるいは紫色の染料の材料として利用された可能性が高いと推測されています。
この研究を読むうえで知っておきたいこと
この論文は、ノルマンディー地方のいくつかの遺跡から出土した資料をもとにした考古学的な報告です。取り上げられているのは特定の地域・特定の遺跡での発見であり、フランス全体や他の地域における海産物消費の実態を直接示すものではない点には注意が必要です。また、時代や場所によって出土する貝や魚の種類、量にはばらつきがあり、それぞれの地域の地理的条件や採取方法、当時の食習慣の違いが影響していると考えられます。海産物という「痕跡が残りにくい」食材の歴史を明らかにするうえで、貝殻の分析やサンプリング手法の工夫がいかに重要かを示す研究だといえるでしょう。
まとめ
今回紹介した論文は、ノルマンディー地方の複数の遺跡から出土した貝殻や魚の骨を手がかりに、原史時代から近世にかけての海産物消費の移り変わりをたどったものです。ムール貝やカキ、ザル貝といった身近な貝類が古くから食べられていた一方で、時代や場所によって好まれる種や採取方法、甲殻類の利用の有無などに違いがあったことがうかがえます。小さな貝殻の一つひとつが、遠い昔の人々の食卓や暮らしぶりを静かに物語っているようで興味深い研究です。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:海産物の消費:ノルマンディー低地における最近の考古学的データ(アルケオパージュ・2009年07月)