日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Spectrochimica Acta Part A Molecular and Biomolecular Spectroscopy

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を明らかにしようとしたのか

土は、根が伸びる場であり、水をたくわえ、微生物がはたらく場でもあります。豚ぷん堆肥のような有機質肥料を入れると、土の構造や養分の出方、水の保ち方が変わることは知られていますが、その過程で土や植物の中の「水の分子のまとまり方」がどう変化するのかは、よく分かっていませんでした。

研究チームは、近赤外(NIR)アクアフォトミクスという手法でこの問題に取り組みました。アクアフォトミクスは、水を単なる溶媒ではなく、まわりの環境に応じて姿を変える活性のある分子としてとらえる考え方です。水の分子は、他の分子と水素結合でどうつながっているかによって、近赤外の光を吸収する波長がわずかに変わります。そこで、複数の波長での吸収の強弱の組み合わせ——論文でいう「水の吸収スペクトルパターン」——を読み取れば、その場の水の状態を一つの指標のように扱えるのではないか、というのが出発点です。著者らは、有機質肥料を与えた条件下で、土と植物の水の状態がどう動くかを特定することを目的としました。

論文によれば、これは有機質肥料を用いた圃場で、土と植物の双方の水スペクトルパターンを時間を追って測定し、土と作物を別々の対象ではなく「水を介してつながった一つの系」として扱った最初期の研究のひとつだと位置づけられています。

畑での測定のしかた

実験は日本の和歌山県橋本市にある露地の畑で行われました。幅1メートル、長さ10メートルの畝を6本つくり、2本ずつ3つの区画に分けています。肥料を与えない対照区、豚ぷん堆肥(PM)を施した区、そして豚ぷん堆肥に植物由来の液体肥料を加えた区(PM+LF)の3通りです。液体肥料は単独の処理としてではなく、堆肥を補う追加の有機資材として位置づけられ、播種の2か月前と播種当日の2回に分けて与えられました。栽培したのは、日本でよく育てられている葉物野菜のコマツナとホウレンソウです。試験は2月から6月の、晩冬から初夏にかけて実施されました。

測定には、908〜1676ナノメートルの波長範囲をカバーする携帯型の近赤外分光計を使いました。手で持ち運べる装置なので、試料を掘り取って持ち帰る必要がなく、畑でそのまま計測できます。土は表面から直接、葉は表側の面から測定し、施肥前の基準となる時点から収穫期まで、合わせて10の時点でデータを集めました。葉の測定は、生育が進んだ段階から収穫期にかけて行われています。あわせて、土壌水分の測定と、土壌から浸み出してくる溶液中の硝酸態窒素・リン酸・カリウムの分析も並行して実施されました。

得られたスペクトルは、水の伸縮振動の第一倍音が現れる1300〜1600ナノメートルの範囲に絞って解析されました。対照区との差を取る差スペクトル解析、試料のばらつきの主な要因を探る主成分分析、処理ごとに分類するSIMCA、土壌水分との関係をモデル化するPLSRといった多変量解析を組み合わせ、繰り返し現れる特徴的な波長を選び出しています。

報告された主な結果

まず養分について。施肥直後の時点では、土壌溶液中の窒素・リン・カリウムの濃度に施肥の効果ははっきり現れませんでした。化学肥料とは異なり、有機質肥料は分解と無機化を経てから養分が利用可能になるためだと著者らは説明しています。違いが見えてきたのは、播種後の生育期以降で、PM+LF区では他の区より高めの濃度がその後の段階を通じて保たれていました。ただし著者らは、この測定が土中を浸透してきた溶液を対象としたものであり、植物がどれだけ吸収したか、あるいはどれだけ流亡したかを直接示すものではないと注意を添えています。収穫期には、PM+LF区の株は葉が大きく茎も勢いがあるように見えた、という見た目の違いも記録されました。

スペクトルの側では、有機質肥料の施用によって、土と葉の双方で、生育の各段階を通じて処理ごとに異なる水スペクトルパターンが現れました。土では1348、1366、1410、1484、1503、1559、1589ナノメートル付近で、葉では1366、1391、1410、1459〜1478、1509〜1577ナノメートル付近で、目立った変化が観測されています。これらの波長は、自由に動ける水、水分子どうしがつくる小さな集まり、強く水素結合した水、高分子に固く結びついた水など、それぞれ異なる水の状態に対応づけられるものです。

収穫期の葉の差スペクトルでは、施肥した区で1453ナノメートル付近の吸収が高まる一方、閉じ込められた水に対応する1391ナノメートル付近や、強く結合した水に対応する1500〜1600ナノメートルの領域では吸収が下がりました。著者らはこれを、葉の組織内で水の分子の組織化がより動きやすい方向へ変わったことを示すものと解釈しています。また、処理によらず吸収が安定していた波長も1360、1404、1490ナノメートルに見いだされ、そこに対応する水の状態は有機質肥料の影響を受けにくかったと述べられています。

重要なのは、土と葉で似た波長が共通して浮かび上がった点です。土壌水分と結びつく波長を探したPLSRの解析では、土のスペクトルと葉のスペクトルの双方で近い領域が寄与していました。SIMCAの解析でも、両者で同じ向きに動く波長と、逆向きに動く波長の両方が見つかっています。著者らはここから、土と植物はそれぞれ異なる応答を示しながらも、水の分子のネットワークを通じてつながっている、と読み取りました。一方で、主成分分析の散布図では処理どうしの重なりが大きく、全体としての違いは微妙なものにとどまったことも、あわせて報告されています。

なお、PMとPM+LFは互いに異なるスペクトルパターンとアクアグラム(選んだ波長での吸収の強さを放射状に並べて水の状態を描き出す図)を示しました。二つの有機質肥料の与え方によって、水の分子の組織化のされ方が違っていたということです。

この研究が示すこと

この研究が伝えているのは、水の吸収スペクトルパターンが、有機質肥料のもとでの土と植物のやりとりを映す多次元の目印になりうる、ということです。従来の近赤外分光法が土の成分を測ることに主眼を置き、水をむしろ邪魔者として扱ってきたのに対し、アクアフォトミクスは水そのものを系の骨組みとして読み解こうとします。

土と葉に共通する水の吸収帯が見いだされたことは、土壌と作物を切り離して考えるのではなく、水を介してつながった一つの系として記述する道筋があることを示しています。携帯型の装置で、試料を壊さずその場で測れるという点も、畑での観察に向いた特徴として著者らが挙げているところです。

著者:Yuda Hadiwijaya(Yunosato Aquaphotomics Laboratory, Hashimoto, 648-0086 Wakayama, Japan)、Shiromi Dissanayaka(Yunosato Aquaphotomics Laboratory, Hashimoto, 648-0086 Wakayama, Japan)、Aleksandar Stoilov(Yunosato Aquaphotomics Laboratory, Hashimoto, 648-0086 Wakayama, Japan)、Teruyaki Nakanishi(Yunosato Aquaphotomics Laboratory, Hashimoto, 648-0086 Wakayama, Japan)、Takaharu Sasaki(Aquaphotomics Research Department, Graduate School of Agricultural Science, Kobe University, Kobe 657-8501, Hyogo, Japan)、Shogo Shigeoka(Yunosato Aquaphotomics Laboratory, Hashimoto, 648-0086 Wakayama, Japan)、Roumiana Tsenkova(Yunosato Aquaphotomics Laboratory, Hashimoto, 648-0086 Wakayama, Japan; Aquaphotomics Research Department, Graduate School of Agricultural Science, Kobe University, Kobe 657-8501, Hyogo, Japan. Electronic address: [email protected])

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yuda Hadiwijaya, Shiromi Dissanayaka, Aleksandar Stoilov, et al. NIR aquaphotomics reveals water spectral patterns as multidimensional markers of soil–plant interaction under organic fertilization. Spectrochimica Acta Part A Molecular and Biomolecular Spectroscopy 2026-08-30. DOI: 10.1016/j.saa.2026.128697. 原著ライセンス:CC BY.