この研究は、スイス、ベルギー、イギリス、アイルランド、ポーランドの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Zoo Biology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
動物園で飼育される動物たちは、野生の仲間と同じ種であっても、口にしている食事の中身は大きく異なることがあります。今回紹介する論文は、伴侶動物(ペット)や産業動物、そして動物園動物に共通してみられるある栄養素の不足に着目し、その栄養素こそが「野生の食事をどれだけ再現できているか」を測るものさしになりうると論じたものです。着目されている栄養素は食物繊維です。
食物繊維はなぜ見過ごされやすいのか
食物繊維は、他の栄養素に比べて消化されにくく、体内で分解するには微生物による発酵の過程が必要になります。そのため食物繊維を多く含む食事は、全体としての消化率や代謝の効率を下げる方向に働きます。しかし論文では、まさにそうした性質があるからこそ、あるいはそうした性質にもかかわらず、食物繊維は健康にとって重要な役割を果たしていると述べられています。具体的には、健全な腸内細菌叢(腸内フローラ)を育むことや、肥満およびそれに伴う様々な疾患のリスクを抑えることに寄与するとされています。また、食物繊維を多く含む食事はエネルギー密度が低いため、同じ満足感を得るのにより長い採食時間を必要とし、結果として、望ましくない行動に費やされる時間を減らす効果もあるといいます。
一方で、人間も動物も、自然環境の中で食物繊維の多い食べ物にさらされ続けてきた結果として、食物繊維の少ない、エネルギー密度の高い食べ物を好む味覚を進化の過程で獲得してきたと論文では指摘されています。
動物園の飼育現場で起きていること
論文によれば、動物園の動物栄養管理においては、二つの傾向が確認できるといいます。一つは、これまでの給餌の慣習を批判的に検討することなくそのまま踏襲した結果として、意図せず食物繊維の少ない食事を与えてしまっているケースです。もう一つは、野生における食物繊維量から意図的に外れた給餌が行われているケースです。論文は、動物園のスタッフが、自分自身が進化の過程で獲得した高エネルギー食への嗜好を、飼育している動物にも当てはめてしまっている可能性があると述べています。この点で、動物園動物の栄養管理は、文化的な慣習と生物学的な知見とがせめぎ合う一つの好例になっているとされています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この論文は、動物園動物の食事における食物繊維量が、動物園の管理が生物学的知見にどれだけ基づいているか(あるいは擬人化のような他の要因にどれだけ左右されているか)を測る「ものさし」として使えるのではないか、という考え方を提示するものです。食物繊維量を、場合によっては野生下で観察されるレベルまで引き上げることが、動物園動物の健康管理や行動管理をさらに改善する大きな可能性を秘めていると論じられています。ただし、これは一つの論考として示された考え方であり、特定の動物種や施設についての実験結果を示したものではない点に留意が必要です。
まとめ
本論文は、動物園動物の栄養管理において食物繊維がしばしば軽視されがちであるという問題を取り上げ、食物繊維量の少なさが単なる見落としなのか、意図的な選択なのかを見極める視点を提供しています。食物繊維は腸内環境や肥満リスク、採食行動を通じて動物の健康や行動管理に関わりうる栄養素として位置づけられており、著者らは食物繊維量を野生に近づけていくことに改善の余地があると述べています。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):動物飼育に関する考え方の転換:自然な食事を模倣する指標としての食物繊維(ズー・バイオロジー・2026年08月)
著者:Marcus Clauß(Clinic for Zoo Animals, Exotic Pets and Wildlife, Vetsuisse Faculty University of Zurich Zurich Switzerland)、Geert Janssens(Department of Veterinary and Biosciences, Faculty of Veterinary Medecine Ghent University Merelbeke Belgium)、Oliver Pritchard Moore(Centre for Rural Policy Research University of Exeter Exeter UK)、Sarah Byrne(Dublin Zoo Dublin Ireland)、Marcin Przybyło(Department of Animal Nutrition and Fisheries University of Agriculture in Krakow Kraków Poland)