肥満は世界的に子どもの健康課題として広がっており、2012年から2023年にかけての小児肥満の有病率は2000年から2011年と比べて1.5倍に増加したと報告されています。子どもの頃の肥満は大人になっても続きやすく、糖尿病やがん、心代謝系の問題との関連も指摘されていますが、有効な予防・介入策はまだ十分とは言えません。近年は腸内細菌と肥満の関係を調べる研究が広がってきましたが、実は「口の中の細菌」も見過ごせない存在です。唾液には毎日大量の細菌が含まれ、飲み込まれて腸に流れ込んでいます。健康な腸には定着した細菌による「コロニー形成抵抗性」があるため、通常は口の細菌が腸に根付くことは少ないとされますが、腸内細菌のバランスが崩れたときなどに口の細菌が腸で増えることがあると考えられています。北京の病院を拠点とする研究チームが、この口と腸の細菌の関係が子どもの肥満とどう結びついているかを調べました。
どのように調べたのか
研究は北京児童病院で2025年1月から12月にかけて実施された症例対照研究です。6~17歳の子ども136人が参加し、肥満(OB)群68人と正常体重(NW)群68人に分けられました。両群は年齢・性別・出生時体重・身長には差がありませんでしたが、肥満群はBMI(26.98対17.44 kg/m²)やウエスト・ヒップ比(0.93対0.83)が有意に高いことが確認されています。参加者からは唾液と便のサンプルを採取し、細菌の16S rRNA遺伝子のV3-V4領域を対象にした配列解析(アンプリコンシーケンシング)を行いました。抗生物質を直近2か月以内に使用した子どもや、歯周病・虫歯などの口腔疾患、消化器疾患、感染症などの持病がある子どもは除外されています。解析では、唾液・便のいずれにも10%以上の頻度で検出された菌属を「共存菌属(co-present genera)」と定義し、両部位に共通して存在する細菌の挙動を追跡しました。さらに、統計的な差を検出する手法(LEfSe)や、菌の構成パターンから肥満群と正常体重群を判別するランダムフォレストという機械学習モデルも用いられています。
研究でわかったこと
唾液からは20の門、253の属、便からは16の門、232の属が検出されました。口腔内の細菌については、肥満群は正常体重群に比べて検出される種類の数(観察ASV)や多様性の指標が低く、細菌の構成そのものにも有意な差が見られました。一方、腸内細菌の多様性や構成には明確な群間差は見られませんでした。属レベルで見ると、肥満群では口腔内のStreptococcus(レンサ球菌属)、Gemella、Actinobacillusが正常体重群より多く、Peptostreptococcusは少ないという傾向が確認されています。LEfSe解析では、口腔内のNeisseria、Peptostreptococcus、Oribacterium、腸内のRoseburiaが肥満群で目立つ菌属として、口腔内のStreptococcus、腸内のBifidobacterium(ビフィズス菌属)が正常体重群で目立つ菌属として挙げられました。口腔と腸それぞれの菌の構成だけで肥満・正常体重を判別するモデルを作ったところ、判別精度を示すAUC(曲線下面積、1に近いほど判別力が高い)は口腔由来のモデルで0.87、腸由来のモデルで0.71でした。ただし著者らは、この二つのモデルは異なる特徴量セットに基づいており、直接比較できるものではないと注記しています。また、BMIは口腔内のBacteroidesと正の相関、Johnsonella・Peptococcusと負の相関を示し、腸内ではFaecalibacterium、Coprococcus、Parasutterella、Odoribacter、Phascolarctobacteriumと正の相関を示しました。研究の中心的な発見として、VeillonellaとBifidobacteriumという2つの菌属が、口腔と腸の両方で肥満との関連が認められる「共存菌属」として浮かび上がりました。69の共存菌属のうち特に重要とされた口腔23属・腸7属を用いたランダムフォレストモデルのAUCは0.73でした。また、口腔由来のモデル単独(AUC0.78)と腸由来のモデル単独(AUC0.55)を比べると、口腔側の菌の情報が判別の大部分を担っており、腸側の情報を加えても精度の向上はほとんど見られなかったとされています。機能予測の解析(KEGGデータベースを用いたもの)では、肥満群の口腔内細菌でビタミンや補酵素の代謝、エネルギー代謝などに関わる経路の活性が高い傾向も示されました。
この研究の読み方・注意点
著者らは複数の限界を挙げています。第一に、症例対照研究という設計上、細菌の状態と肥満の間に因果関係があるとは言えません。第二に、V3-V4領域を対象とした16S rRNA解析では属レベルまでの識別にとどまり、菌株レベルでの「口から腸への伝播」を裏付けるものではないとしています。第三に、唾液と便でDNA抽出の方法が異なっており(便はキット、唾液はタンパク質分解酵素を用いた方法)、この違いが結果に影響した可能性も否定できません。年齢と性別は統計的にそろえていますが、食事内容や社会経済的状況といった要因は十分に考慮されておらず、虫歯や歯周病がある子どもは除外したものの、軽度の歯垢の蓄積などは個別に評価されていません。また機能予測の解析は腸内細菌に比べて口腔内細菌での精度が低いとされ、探索的な結果として位置づけるべきだとしています。さらに単一施設でのデータであり、判別モデルは他の集団での検証を経ていないため、結果がどこまで一般化できるかは今後の検証を待つ必要があります。この研究は中国・北京の子どもを対象としたものであり、日本の子どもを含む他の集団に同じ傾向が当てはまるかどうかは、この論文からは分かりません。
まとめ
この研究では、口腔内細菌の多様性や構成が子どもの肥満と関連しており、特にVeillonellaやBifidobacteriumのように口と腸の両方に存在する菌属が肥満との関わりで注目されることが示されました。著者らは、口腔マイクロバイオームが今後の肥満予防戦略の対象として魅力的である可能性を述べていますが、これは一つの症例対照研究による知見であり、因果関係を証明するものではなく、特定の菌を増やす・減らすことで肥満が予防・改善されると結論づけるものでもありません。今後、より大規模で他集団を含む研究による検証が必要とされています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Qianjin Qi, Chaonan Gao, Yinkun Yan. The association of oral microbiota and oral-gut microbial co-presence with obesity in Chinese children. フロンティアーズ・イン・セルラー・アンド・インフェクション・マイクロバイオロジー (2026). DOI: 10.3389/fcimb.2026.1866102.