オオクチバス(Micropterus salmoides)は北米原産の淡水魚で、中国では年間88万トンが生産される重要な養殖魚種です。しかし近年、さまざまな病原体による疾病がこの養殖業の持続的な発展を脅かしています。中でも大きな問題となっているのが、ラナウイルス科に属するDNAウイルスであるラージマウスバス・ラナウイルス(LMBV)と、好気性グラム陽性細菌のNocardia seriolaeです。LMBVは皮膚や筋肉の潰瘍、肝臓・脾臓・腎臓の壊死性出血を引き起こし、N. seriolaeは皮膚潰瘍や内臓の結節性病変をもたらすとされています。これら二つの病原体に対しては、現時点で市販のワクチンが存在しないといいます。こうした背景のもと、寧波大学(中国)水産養殖生物工学教育部重点実験室の研究チームが、両方の病原体に同時に対応できる経口ワクチンの開発に取り組んだ研究を、学術誌フロンティアーズ・イン・イムノロジーに発表しました。
酵母の表面に病原体のタンパク質を提示する仕組み
この研究では、酵母表面提示(YSD)というパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)を利用した技術が用いられました。研究チームは、N. seriolaeのフィブロネクチン結合タンパク質A(FHA)およびLMBVの主要カプシドタンパク質(MCP)という、それぞれの病原体に対する免疫を引き出すとされる標的タンパク質を選び、これらを酵母の表面に発現させた組換え酵母をそれぞれ作製しました。論文によれば、酵母を用いる利点として、食品グレードの微生物であり動物に対して病原性がないこと、胃酸や消化管内の酵素による抗原分解を防げること、酵母による翻訳後修飾が免疫原性の向上に役立つこと、酵母細胞壁の多糖類が天然のアジュバント(免疫増強剤)として粘膜・全身免疫を同時に活性化しうること、酵母発酵は低コストで大量生産に適していることなどが挙げられています。これら二種類の組換え酵母を1対1の割合で混合し、「二価」(二つの病原体に対応する)経口ワクチンを作りました。実験では、体長6±0.5cmのオオクチバス2000匹を、PBS対照群、空ベクター酵母(EBY100)対照群、FHA単独発現群、MCP単独発現群、そして二価(FHA+MCP)群の5グループに分け、1×10⁹CFU/mLの酵母液またはPBSを1日1回・7日間、経口投与(口からの強制投与)し、7日間の休止後に追加免疫(ブースター)を行うという手順で評価されました。
抗体と免疫関連遺伝子の増加、そして病原体への防御効果
ワクチン接種後10日、20日、30日の時点で血清を調べたところ、FHAおよびMCPに対する特異的抗体が、時間経過とともに増加し、30日目にピークに達したことが確認されました。また、後腸(腸の後方部分)・肝臓・脾臓の組織では、適応免疫に関わる遺伝子(IgM、IgT、MHC-II)や自然免疫に関わる遺伝子(IL-1β、TNF-α、IFN-1、Mx2)の発現量が、PBS対照群と比べて増加したと報告されています。特にIgMとIgTの発現上昇は後腸で顕著で、二価ワクチン群ではそれぞれ最大74.74倍・92.20倍に達したとされ、MHC-IIの上昇は脾臓で最も顕著だったとされています(二価ワクチン群で約60.49倍)。免疫接種から33日後に、N. seriolaeまたはLMBVを腹腔内に注射して感染させる攻撃試験(チャレンジテスト)が行われました。その結果、N. seriolaeの攻撃試験では、対照群が5日目から死亡し始め13〜14日目までに100%に達したのに対し、二価ワクチン群では死亡開始が7日目まで遅れ、相対生存率(RPS、ワクチンの防御効果を示す指標)は56.7%だったとされています。LMBVの攻撃試験では、対照群が2日目から死亡し始め9〜11日目までに100%に達したのに対し、二価ワクチン群では死亡開始が6日目まで遅れ、RPSは63.3%だったと報告されています。また、ワクチン接種群では肝臓・脾臓・後腸における病原体量(N. seriolaeの菌量やLMBVのウイルス量)が減少し、組織の顕微鏡観察でも、対照群でみられた上皮の剥離や構造破壊、壊死巣、肉芽腫性病変、静脈うっ血などの病理変化が、ワクチン接種群では軽度または見られなかったとされています。
この研究の位置づけと今後の課題
著者らは、経口ワクチンのRPSが、他の研究における注射免疫でのRPS(例えばFHAを注射で用いた別の研究では62.64%など)と比べて全体的に低かったことに言及しています。その理由として、魚の消化管内の胃酸や酵素という過酷な環境が酵母や抗原の構造の一部を損傷し、抗原の生体利用率を下げている可能性、また酵母表面提示システムが提示できる抗原のコピー数や抗原提示効率に経口投与特有の限界がある可能性を挙げています。そのうえで、今後は酵母キャリアの改良、耐酸性製剤の開発、新たな送達システムの設計などによって、経口ワクチンの効果をさらに高める必要があるとしています。また、二価ワクチンは単独(一価)ワクチンと比べてわずかに高いRPSを示しましたが、二価ワクチンでは各成分の投与量が一価ワクチンの半分であったにもかかわらず同程度以上の防御効果が得られたことから、二つの抗原が互いに免疫刺激を高め合う相乗効果の可能性を示唆しています。ただし、著者らはこの相乗効果の分子メカニズムについてはさらなる検討が必要だとしています。本研究は動物実験に基づく一つの研究であり、ヒトへの効果を示すものではなく、また商業的なワクチンとしての実用化にはさらなる検証が必要とされる段階にあると考えられます。
まとめ
この研究では、酵母表面提示技術を用いて、N. seriolaeのFHAとLMBVのMCPという二つの抗原を提示する組換え酵母を作製し、それらを混合した二価経口ワクチンをオオクチバスに投与する実験が行われました。その結果、特異抗体や免疫関連遺伝子の発現増加とともに、N. seriolaeに対して56.7%、LMBVに対して63.3%の相対生存率という防御効果が確認され、病原体量の減少や組織病変の軽減も認められたと報告されています。著者らは、この二価経口ワクチンがオオクチバス養殖における両病原体の制御に向けた有望な戦略になりうるとしていますが、経口投与特有の効果の限界や作用メカニズムについては今後さらなる研究が必要だとしています。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:Nocardia seriolae FHAおよびLMBV MCPを提示する二価経口酵母ワクチンはオオクチバス(Micropterus salmoides)に防御効果を付与する(フロンティアーズ・イン・イムノロジー・2026年08月)