近年、がん治療の分野で注目されている『免疫チェックポイント阻害療法』は、体本来の免疫の力を利用してがん細胞を攻撃する治療法です。その効果には腸内細菌のバランスが関わっているのではないか、という研究が近年数多く報告されています。特に、野菜や穀物などに含まれる『発酵性食物繊維』(腸内細菌のエサになりやすい炭水化物、MACとも呼ばれます)が、腸内細菌によって作られる『短鎖脂肪酸(SCFA)』を増やすことで、免疫療法の効果を高めるのではないかと期待されてきました。しかし実際には、この仮説を支持する結果と支持しない結果が入り混じっており、一貫した結論が得られていませんでした。
今回紹介する研究では、この『食物繊維と免疫療法』の関係をあらためて調べる中で、見落とされてきたかもしれない別の要因に注目しています。それは、食物繊維を多く含む食品の中には、大豆由来のゲニステインのような『イソフラボン』という、エストロゲン(女性ホルモン)に似た作用を持つ成分が含まれている場合があるという点です。乳がんの中にはエストロゲンの影響を強く受けるタイプがあるため、このイソフラボンの存在が、これまでの研究結果のばらつきに関係しているのではないか、と研究チームは考えました。
研究でわかったこと
研究チームは、マウス(C57BL/6Tacマウス)を使い、食物繊維の少ない餌(低MAC)、低MACの餌にイソフラボンの一種であるゲニステインを加えたもの、食物繊維の多い餌(高MAC)、そして食物繊維とイソフラボンの両方を多く含む餌(高MACi)という4種類の餌を用意しました。そのうえで、トリプルネガティブ乳がん(E0771モデル)と、エストロゲン受容体(ERα)が陽性のタイプの乳がんモデルに対して、抗PD1という免疫チェックポイント阻害薬がどの程度効くかを調べました。あわせて、エストロゲン受容体の働きをタモキシフェンという薬でブロックした場合の影響や、腸内細菌の状態、免疫に関わる遺伝子の働きも解析されています。
その結果、食物繊維の多い餌(高MAC)は、腸内細菌の多様性やSCFAを作る細菌の割合、便中のSCFA量を、食物繊維の少ない餌に比べて増加させることが確認されました。抗PD1療法は、トリプルネガティブ乳がんのモデルにおいて、高MAC・低MACいずれの餌でも効果が見られましたが、そこにイソフラボン(高MACiやゲニステイン添加の低MAC)が加わると、その効果が失われることが示されました。さらに詳しく調べると、抗PD1療法は高MAC食のマウスでは疲弊したCD8陽性T細胞(がん攻撃力が落ちた免疫細胞)を減らす一方、高MACi食のマウスではかえって増やしていたといいます。また、エストロゲン受容体陽性の乳がんはもともと抗PD1療法が効きにくい性質を示しましたが、タモキシフェンでエストロゲン受容体をブロックすると、トリプルネガティブ・エストロゲン受容体陽性いずれのモデルでも抗PD1療法への反応性が高まる可能性が示され、これにはTH17という免疫経路の変化が関わっている可能性があるとされています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、マウスを用いた動物実験であり、ヒトでも同様の結果になるかどうかは今回の要旨だけでは分かりません。また、この研究結果は、便中の短鎖脂肪酸の量が多いことだけでは免疫療法の効果を予測できるわけではないこと、そして食事に含まれる成分の種類(イソフラボンの有無など)や、腫瘍がエストロゲン受容体を持つかどうかが、免疫療法の効き方に影響しうることを示すものだとされています。あくまで一つの研究であり、これによって『イソフラボンを含む食品を避けるべきだ』といった結論が確定したわけではない点に注意が必要です。
まとめ
今回の研究では、食物繊維によって増える短鎖脂肪酸そのものよりも、食事に含まれるイソフラボンのようなエストロゲン様物質や、腫瘍のエストロゲン受容体の状態が、乳がんに対する免疫チェックポイント阻害療法(抗PD1)の効果に影響しうることが、マウスモデルを用いた実験で示唆されました。免疫療法と食事や腸内環境との関係はまだ研究途上のテーマであり、今後さらなる検証が待たれます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:イソフラボンは食物繊維や便中短鎖脂肪酸レベルにかかわらず乳がんにおける抗PD1療法の効果を損なう(フロンティアーズ・イン・イムノロジー・2026年07月)