この研究は、イタリア、ベルギーの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Nutrients
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
何を目的とした論文か
集中治療室(ICU)に入る脳損傷の患者は、外傷性脳損傷やくも膜下出血、脳内出血、脳梗塞といった直接的な損傷に加え、敗血症に伴う脳症やICUでのせん妄といった二次的な脳機能障害を起こすことがあります。著者らは、こうした患者が長期の人工呼吸や長いICU滞在を必要としやすく、退院後も認知・身体・精神の障害が残りやすいことを出発点として、この総説をまとめています。
著者らが注目したのは、腸内細菌叢(腸に住む微生物の集まり)と脳をつなぐ「腸内細菌叢‐腸‐脳軸」と呼ばれる経路です。最初の脳損傷が起きてしまった後、その後の悪化の流れを大きく変えられる治療手段は限られているため、神経の炎症や免疫の状態に影響しうる全身的な要因、とくに栄養の与え方が治療標的として関心を集めていると論文は述べています。そのうえで本論文は、経腸栄養(チューブなどで胃腸に栄養を送る方法)を24時間連続で行う従来のやり方と、時間を区切って与える方法(間欠的・周期的な投与、絶食を模した投与)とを比較した既存の知見を整理し、今後の研究をどう設計すべきかの枠組みを示すことを目的としています。
どのように文献を集めたか
本論文はナラティブレビュー(記述的な総説)であり、系統的レビューのような網羅性は主張していないと著者ら自身が明記しています。PubMed、Scopus、Web of Scienceを検索し、間欠的栄養投与、絶食、時間制限摂食、連続経腸栄養、腸内細菌叢、ディスバイオーシス、神経炎症、腸‐脳軸、集中治療、短鎖脂肪酸といった用語を組み合わせて文献を集めました。重複を除いたうえで2名の著者が独立して選別し、意見が分かれた場合は第三の著者が判断する手順をとっています。英語の査読済み論文を対象とし、学会抄録や論説は除外しました。動物実験などの前臨床研究と臨床研究の双方を含めています。
著者らは、検索は事前登録されておらず、データ抽出に標準化された様式を用いず、抽出値の独立した二重確認も行っていないこと、総説であるためバイアスリスクの正式な評価やメタ解析は実施していないことを、限界として自ら記しています。
報告されている主な内容
まず著者らは、ICU入室後に腸内細菌叢が急速に乱れる「ディスバイオーシス」を整理しています。論文によれば、この乱れは早ければ6時間ほどで起こりうるとされ、微生物の多様性が減り、EnterococcusやKlebsiellaといった日和見的・院内感染性の菌が増える一方、LachnospiraceaeやRuminococcaceaeといった有益な常在菌が減る、という変化が報告されています。広域抗菌薬、プロトンポンプ阻害薬、経腸栄養の与え方そのものなどが、その背景にある要因として挙げられています。脳損傷ではさらに、早期のカテコラミンの急増や自律神経の調節の乱れが内臓の血流や腸の動き、腸の粘膜バリアに影響するという機序が加わると述べられています。ただし、脳損傷に特有の細菌叢のパターンがICU患者全般と区別できるかどうかは、まだ体系的に定義されていないと論文は明言しています。
腸と脳をつなぐ経路としては、食物繊維の発酵で作られる短鎖脂肪酸(酪酸・酢酸・プロピオン酸)、炎症を引き起こすNLRP3インフラマソームという分子装置、腸内細菌が変換する胆汁酸、トリプトファン由来の代謝物、迷走神経を介した抗炎症反射、腸のバリアが壊れて内毒素が血液側に漏れ出る経路、そしてストレスホルモンの調節系などが挙げられています。著者らはこれらの機序の多くが、無菌動物や細菌叢を操作した実験、あるいは慢性の神経疾患モデルから得られたものであり、急性の脳損傷患者で同じ経路が働くという直接の証拠は限られている、と強調しています。
栄養の与え方については、周期的・間欠的な投与が栄養素の供給に生理的な変動を残し、微生物の代謝と体内時計の同調を保つことで短鎖脂肪酸の産生などが維持されうる、という考え方が示されています。一方、24時間の連続投与はこの時間的な揺らぎを弱め、逆に長すぎる絶食は発酵の材料そのものを乏しくします。論文は、絶食が「諸刃の剣」であることも指摘しています。短期の管理された絶食は微生物の多様性を高め全身の炎症を下げうる一方、栄養が乏しい間は腸の粘液層を餌にする菌が優位になって粘液が薄くなり、栄養再開時に日和見菌が急増して炎症性の物質が放出されうる、という懸念です。また、ICUでは連続投与であっても処置や投薬のためにしばしば中断され、ある報告では中断が予定投与時間のおよそ19%を占めたとされています。
体内時計との関係では、肝臓や腸上皮、免疫細胞にある末梢の時計が主に栄養の供給リズムによって調整される一方、脳の中枢の時計(視交叉上核)は主に光で調整される、という区別が重要だと著者らは述べています。植物状態の患者18名を4週間経腸栄養で管理した古い観察では、日中に栄養を与える設定でコルチゾールと深部体温のリズムが健常者に近づき、夜間の設定ではピークがずれ、連続投与ではリズムが失われたと報告されています。ただし著者らは、これらの指標は栄養そのものに影響されうること、メラトニンが測定されていないことなどから、中枢の時計が回復したことの証明には至らないと注釈しています。
この総説が伝えていること
著者らがもっとも明確に述べているのは、急性脳損傷の患者を対象に、異なる栄養投与スケジュールのもとで腸内細菌叢や神経炎症の指標を測定した臨床試験はこれまで発表されていない、という点です。したがって本論文が示しているのは効果の証明ではなく、生物学的な根拠の妥当性と、試験を実施できるかどうかの見通しの検討である、と著者ら自身が位置づけています。重症脳卒中を対象に時間制限型の経腸栄養と連続投与を比較する多施設ランダム化試験は2025年に登録を終えたものの、結果は未公表であり、しかも腸内細菌叢や神経炎症の指標は登録された評価項目に含まれていないことも指摘されています。
残された問いとして論文が挙げるのは、脳損傷後に見られる細菌叢の変化が神経炎症の原因なのか結果なのか、抗菌薬の使用や鎮静、腸の動きの低下といった交絡要因をどの程度反映しているのか、そして細菌叢を保つうえで最適な投与のタイミングやパターン、期間はどうあるべきか、といった点です。ICUでは常時の照明や深い鎮静によってそもそも整えるべきリズムが失われている可能性があるため、光環境や鎮静の深さ、睡眠の分断を記録・層別化しなければ、効果がなかったのか、リズム自体が消えていたのかを区別できない、という設計上の注意も示されています。
この総説の意味は、普段は別々に論じられてきた二つの知見——一般ICU患者で研究されてきた栄養投与のタイミングと腸内細菌叢・代謝の関係、そして主に観察研究や動物実験で研究されてきた細菌叢と神経炎症の関係——を、脳損傷という文脈でつなぎ、何がまだ試されていないのかを明確にしたところにあります。
著者:Corriero A(Department of Interdisciplinary Medicine-ICU Section, University of Bari Aldo Moro, 70124 Bari, Italy.; Department of Intensive Care, Université Libre de Bruxelles (ULB), 1070 Brussels, Belgium.)、Soloperto R(Department of Interdisciplinary Medicine-ICU Section, University of Bari Aldo Moro, 70124 Bari, Italy.; Department of Intensive Care, Université Libre de Bruxelles (ULB), 1070 Brussels, Belgium.)、Giglio M(Department of Interdisciplinary Medicine-ICU Section, University of Bari Aldo Moro, 70124 Bari, Italy.)、Taccone FS(Department of Intensive Care, Université Libre de Bruxelles (ULB), 1070 Brussels, Belgium.)、Puntillo F(Department of Interdisciplinary Medicine-ICU Section, University of Bari Aldo Moro, 70124 Bari, Italy.)、Preiser JC(Department of Internal Medicine, Institut Jules Bordet, Université Libre de Bruxelles (ULB), 1070 Brussels, Belgium.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Corriero A, Soloperto R, Giglio M, et al. Improving the Outcome of Brain-Injured Patients by Non-Continuous Feeding to Prevent Dysbiosis. Nutrients 2026-09-04. DOI: 10.3390/nu18172907. 原著ライセンス:CC BY.