この研究は、アメリカの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Gut Microbes
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ性差に注目したのか
2型糖尿病、代謝機能障害に関連する脂肪性肝疾患(MASLD)、心血管疾患といった「心代謝疾患」は、世界の主要な死因です。著者らは、これらの疾患の現れ方が男女で大きく異なる点に着目しています。たとえば心血管疾患の生涯リスクは男女で同程度ですが、若い年代では男性の発症が多く、女性では閉経後にエストロゲンが低下することで罹患率・死亡率が高まると報告されています。肥満の頻度は女性で高い一方、2型糖尿病やMASLDなど重症化しやすい病態のリスクは男性で高いとされています。
それにもかかわらず、予防・診断・治療の指針は男女に同じように適用されており、臨床試験における女性の参加や基礎研究における雌の動物の使用が少ないことも、性別に応じた医療の実現を妨げていると論文は指摘します。こうした背景のもと、著者らは近年注目されている腸内細菌叢(腸内に住む微生物の集まり)とその代謝物に性差があるかどうか、そしてそれが心代謝疾患の男女差にどう関わりうるかを整理しました。
本稿は新たな実験を行った研究ではなく、既存の知見をまとめた総説(ナラティブレビュー)です。著者らは主にヒトを対象とした研究の証拠を統合し、必要に応じて動物実験による仕組みの知見を補う形で論じています。
腸内細菌叢と代謝物という切り口
論文の説明によれば、ヒトの腸内にはおよそ10の13乗から14乗個の微生物が存在し、その大半は細菌です。これらの微生物が持つ遺伝子は300万を超え、ヒト自身のゲノムの約150倍にあたるとされます。腸内細菌は食物の消化や栄養の吸収を助け、代謝の恒常性を保ち、免疫のはたらきを調整します。多様性が下がり有益な菌が減って有害な菌が増える「ディスバイオシス(細菌叢の乱れ)」は、慢性的な炎症や酸化ストレスを通じて体の働きを乱すと考えられており、肥満や2型糖尿病、心血管疾患など幅広い疾患との関連が報告されています。著者らは、個人差を生む要因の上位10位に性別が含まれる点を強調しています。
もう一つの柱が「腸内細菌関連代謝物」です。これは腸内細菌がつくる、あるいは細菌が食事成分を分解してできる小さな分子で、腸の環境を整えるだけでなく血流に乗って脂肪組織や膵臓、肝臓、脳などにも影響します。代表例として、グラム陰性菌の細胞壁成分で血中に移行すると炎症反応を引き起こすLPS(内毒素)、難消化性の炭水化物の発酵でできて抗炎症的・代謝改善的なはたらきを持つとされる短鎖脂肪酸、コリンやL-カルニチンなど食事成分から生じ代謝・心血管疾患のリスクを高めうるTMAO(トリメチルアミンN-オキシド)、トリプトファン代謝から生じ腸のバリア機能に関わるインドール類、一次胆汁酸が腸内細菌によって変換されてできる二次胆汁酸などが挙げられています。
なお、この総説で「腸内細菌叢」という場合は主に便検体で調べられた細菌を指し、真菌・ウイルス・古細菌については新しく出てきつつある知見として別に扱われています。
報告されている主な知見
著者らがまとめたヒト研究の結果は一様ではなく、対象年齢、地域、解析手法(16S rRNA遺伝子配列解析かショットガンメタゲノム解析かなど)、検体の種類、7人から9381人まで幅のある規模、健康状態の違いによって、ばらつきが大きいとされています。そのうえで浮かび上がる大きな傾向は、性差が年齢と結びついているという点です。
乳幼児期から思春期前にかけては、複数の研究で細菌叢の多様性や全体構成に男女差が見られませんでした。一方、思春期には状況が変わります。ある研究では思春期の子どもで全体構成の性差と菌の組成の明確な変化が報告され、女子ではOdoribacteraceaeやBacteroidaceaeなど、男子ではLactobacillalesやMegamonasなどが多い傾向が示されました。性別と関連する菌の数も思春期前より思春期の方が多く、著者らは、性別そのものというより思春期のホルモン変化と時期を同じくして性差が現れてくる可能性を示唆しています。ただしこれらの研究はいずれも各段階の人数が100人未満と小規模でした。
成人期では、全体として女性の方が細菌の多様性が高く、Firmicutes門とBacteroidetes門の比が高いという報告が、とくに1000人を超える比較的大規模な研究で見られます。個々の菌の種類は研究ごとに一致しませんが、地域の異なる集団で繰り返し挙がる菌もあります。若年から中年の女性ではAkkermansia muciniphila、Alistipes、Ruminococcus、Bifidobacteriumなどが多く、男性ではPrevotellaやPhascolarctobacteriumなどが多い傾向が報告されています。オランダの研究では、食事・生活習慣・服薬を考慮した解析の後もA. muciniphilaの女性優位が残りました。13カ国5505人(女性3288人、男性2216人)を対象としたこれまでで最大のメタ解析でも、女性の方がα多様性(一人の腸内における菌の種類の豊かさ)が高く、8割を超える研究で全体構成の性差が認められたと報告されています。
性差は菌の種類だけでなく、細菌叢が持つ機能の面にも及びます。研究間で一致はしないものの、おおまかには女性で短鎖脂肪酸産生や性ステロイドホルモン代謝、糖・エネルギー代謝に関わる機能が、男性で核酸代謝や補酵素・ビタミン代謝、アミノ酸合成、胆汁酸輸送に関わる経路が多い傾向が示されています。
さらに重要なのは、こうした性差が一生続くわけではないという観察です。複数の研究が、性差は若年成人で最も顕著で、50歳前後を境に弱まることを報告しています。閉経前の女性と若年男性の間の差は、閉経後の女性と同年代の男性の間の差より大きく、閉経後には機能面の差も見いだされなくなった研究があります。著者らは、閉経や加齢が男女差を縮める修飾要因として働いている可能性を挙げつつ、閉経の影響と加齢の影響を分けて捉えるには、繰り返し測定を行う長期的な研究が必要だと述べています。
代謝物についての知見は、細菌叢に比べてはるかに乏しいと論文は明言しています。大規模なメタボローム研究の多くは性別を調整・層別の変数として扱うにとどまり、性差を報告した研究の多くは特定の疾患集団を対象とし、腸内細菌叢の同時測定を伴わないため、仕組みの解釈が難しいとされます。個々の報告としては、冠動脈疾患の患者集団で血漿LPSが女性で低かったこと、1型糖尿病患者や米国の成人集団で短鎖脂肪酸が女性で高かったこと、フィンランド・イタリア・スペインの集団で血中TMAOが男性で高かったことなどが紹介されています。ただし急性心筋梗塞患者を対象とした小規模な研究では、発症直後のTMAOが女性で高いという逆向きの報告もあり、全体として結論は定まっていません。真菌・ウイルス・古細菌についても、性別との関連を示す報告はあるものの一貫せず、男女に特有の明確な特徴は確立されていないと整理されています。
性差はどこから生まれると考えられているか
著者らは、性差を生む主要な要因として性ホルモンを挙げています。動物実験では、離乳後は雌雄の細菌叢が似ているのに思春期に差が生じ、成体でより明確になることが示され、性ホルモンが性染色体の影響を上回って細菌の構成を左右しうると報告されています。A. muciniphilaはエストラジオールに応答する菌として同定されました。
仕組みとして説明されているのが、ホルモンと腸内細菌の双方向の関係です。性腺でつくられた性ホルモンは肝臓で代謝され、抱合された形で胆汁として腸に入ります。腸内の一部の微生物はこの抱合を外す酵素を持ち、ホルモンが再び吸収されて全身へ戻る流れ(腸肝循環)を可能にします。この働きに関わる微生物遺伝子の集まりは「エストロボローム」と呼ばれます。つまり性ホルモンは細菌の代謝の材料になると同時に、細菌が血中のホルモン量を左右するという相互関係にあります。代謝物についても、テストステロンが肝臓のTMAO産生酵素の発現を抑えることや、エストロゲンが短鎖脂肪酸をつくる菌の増殖を促すことなどが、主に動物モデルの知見として紹介されています。
ホルモン以外では、免疫機能が挙げられています。免疫系も思春期に性分化し成人期を通じて男女差を保ち、一般に女性の方が自然免疫・獲得免疫の反応が強いとされます。免疫と腸内細菌は互いに影響し合うため、免疫の性差が細菌叢の違いにつながる可能性があります。さらに食事、身体活動、喫煙、服薬、疾患、社会文化的要因といった、性別と結びついた行動や環境の違いも寄与しうると述べられています。
この総説が伝えること
この論文が描き出すのは、腸内細菌叢の男女差が固定したものではなく、思春期に現れ、若い成人期に最もはっきりし、閉経や加齢とともに薄れていくという、人生の時間軸に沿った像です。同時に著者らは、個々の菌の顔ぶれが研究ごとに一致しないこと、代謝物の性差に関する証拠がとくに一般集団で乏しいこと、真菌・ウイルス・古細菌では男女に固有の特徴が確立していないことを、率直に限界として示しています。
腸内細菌叢は食事やプロバイオティクスによって変えうる性質を持つ、という点が著者らの問題意識の出発点でした。男女で異なる細菌叢と代謝物の姿を知ることは、心代謝疾患の予防と治療を男女それぞれに合わせて考えるための土台になる、というのが本総説の示す意味です。
著者:Yi Wang(Department of Epidemiology and Population Health, Albert Einstein College of Medicine)、En Cheng(Department of Epidemiology and Population Health, Albert Einstein College of Medicine)、Brandilyn A. Peters(Department of Epidemiology and Population Health, Albert Einstein College of Medicine)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yi Wang, En Cheng, Brandilyn A. Peters. Sex differences in the gut microbiome and related metabolites: role in cardiometabolic disease. Gut Microbes 2026-08-26. DOI: 10.1080/19490976.2026.2721752. 原著ライセンス:CC BY.