著者の所属・活動拠点の国は、ロシアです。
掲載誌:Molecules
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ食肉の同位体を調べるのか
食肉や肉製品は世界中で広く食べられています。比較的高価なため、安い原料へのすり替えなどの偽装が起こりやすく、本物かどうかを確かめる方法が求められています。ロシアの研究チームは、この課題に安定同位体比という指標で取り組みました。
炭素や窒素、酸素、水素には、重さだけが少し違う「同位体」があります。その割合は植物の種類や栽培方法、地域の水などによってわずかに変わり、動物が飼料や水を取り込むと体の組織にも反映されます。論文では、この割合を「δ(デルタ)」と呼ばれる値で示しています。δは基準物質との違いを千分率(‰、パーミル)で表したものです。
著者らによれば、従来の研究の多くは肉そのものの識別に焦点を当ててきました。今回の研究は、飼料や飼料添加物から家畜の体、さらに加工された肉製品まで、生産の各段階を通して同位体比をたどれるかどうかを評価することを目的としています。
産地の違う豚肉と、飼料・添加物の影響
研究チームはまず、ロシアのベルゴロド州とクラスノヤルスク地方の2か所で豚肉を採取し、飼料なども合わせて分析しました。炭素の同位体比(δ13C)は、ベルゴロド州の豚肉がおよそマイナス22〜23‰、クラスノヤルスク地方の豚肉がおよそマイナス26‰台で、両地域の間に統計的に有意な差が見られました。窒素の同位体比(δ15N)にも有意な差がありました。
著者らは、こうした差が主に飼料の違いを反映していると説明しています。ベルゴロド州の配合飼料の値は、小麦などの一般的な穀物(C3植物)とトウモロコシ(C4植物)を混ぜた原料に典型的なものでした。一方、クラスノヤルスク地方で与えられていたエンバクやふすまは、C3植物に典型的な値でした。C3とC4は光合成の仕組みの違いによる植物の分類で、炭素同位体比に差が出ることが知られています。
酸素と水素の同位体比では、2地域の豚肉に有意な差は見られませんでした。このため論文は、肉の追跡や産地確認には炭素と窒素の同位体比が特に有用だとしています。
続いてウズラの飼育現場で、セレンを含む2種類の飼料添加物を主飼料に混ぜたときの影響も調べました。混合後の飼料の炭素同位体比の変化はわずかで、添加物からは窒素が検出されませんでした。著者らは、混合飼料の値を主に決めているのは元の主飼料であり、添加物は炭素・窒素の同位体比に大きな影響を与えなかったと結論づけています。
ウズラの体、水、ソーセージまでの追跡
ウズラの肉では、肥育15日後と30日後のどちらでも値は狭い範囲に収まり、統計的に有意な差は見られませんでした。添加物を与えたグループでも範囲は同様で、肉の値はδ13Cがマイナス24.56〜マイナス24.14‰、δ15Nが4.21〜5.50‰でした。いずれも飼料の値の範囲に収まっています。
肉以外に、心臓、肝臓、足、羽毛、脂肪、卵、ふんも調べました。δ13Cはマイナス25.73〜マイナス23.42‰、δ15Nは3.12〜5.98‰の範囲で、飼料の値と同程度でした。炭素では卵が最も高く脂肪が最も低い値を示し、窒素ではふんが最も高く羽毛が最も低い値でした。羽毛は形成された時点の値がそのまま残るため、低い値は調査開始前の餌の特徴を反映している可能性があると著者らは述べています。卵では、たんぱく質の多い卵白が肉に近い炭素同位体比を示し、脂肪の多い卵黄は脂肪組織に近い値でした。
水についても調べました。飼育地ボルゴグラードの湧き水や飲用水の酸素同位体比(δ18O)はマイナス13.05〜マイナス12.03‰で、10日の間隔をおいて採取しても大きな変化はありませんでした。一方、雨水は採取日によって大きく異なりました。ウズラのひき肉から取り出した肉汁の水分はδ18Oがマイナス6.99〜マイナス5.92‰で、飲用水よりも重い同位体を多く含んでいました。著者らは、この値が地元の水の同位体組成と結びついており、飼育地域の特徴を示すとみています。
最後に、ウズラ肉を約66%含むソーセージと、その原料である卵、粉乳、バター、タマネギ、パプリカを分析しました。ソーセージのδ13Cはマイナス24.59〜マイナス24.41‰で、主原料であるウズラ肉の範囲とほぼ一致していました。
研究が示すこと
この研究は、飼料の同位体比が家畜の肉や組織に引き継がれ、さらに加工品であるソーセージにも主原料の特徴が表れることを、ひとつの生産の流れに沿って示しました。著者らは、飼料から家畜、製品までを通して同位体比を監視することが、肉製品の識別や原料の追跡を補う方法になり得ると結論づけています。
原著論文の著者・所属:Andrey B. Lisitsyn(V.M. Gorbatov Federal Research Center for Food Systems, 109316 Moscow, Russia)、Dmitriy A. Sviridov(All-Russian Scientific Research Institute of Brewing, Beverage and Wine Industry—Branch of V.M. Gorbatov Federal Research Center for Food Systems, 119021 Moscow, Russia)、Irina M. Chernukha(V.M. Gorbatov Federal Research Center for Food Systems, 109316 Moscow, Russia)、Lev A. Oganesyants(All-Russian Scientific Research Institute of Brewing, Beverage and Wine Industry—Branch of V.M. Gorbatov Federal Research Center for Food Systems, 119021 Moscow, Russia)、Alexandr L. Panasyuk(All-Russian Scientific Research Institute of Brewing, Beverage and Wine Industry—Branch of V.M. Gorbatov Federal Research Center for Food Systems, 119021 Moscow, Russia)、Mikhail Y. Ganin(All-Russian Scientific Research Institute of Brewing, Beverage and Wine Industry—Branch of V.M. Gorbatov Federal Research Center for Food Systems, 119021 Moscow, Russia)、Alexandr A. Il’in(All-Russian Scientific Research Institute of Brewing, Beverage and Wine Industry—Branch of V.M. Gorbatov Federal Research Center for Food Systems, 119021 Moscow, Russia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Andrey B. Lisitsyn, Dmitriy A. Sviridov, Irina M. Chernukha, et al. Stable Isotope Characterization of Meat Products Through the Feed–Animal–Product Chain. Molecules 2026-10-01. DOI: 10.3390/molecules31193492. 原著ライセンス:CC BY.