この研究は、台湾の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Gut Microbes
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の狙い:柑橘成分を「使える形」に変える細菌を探す
加齢に伴い、筋肉量と筋力の低下(サルコペニア)や肥満、脂肪肝、インスリンの効きにくさといった問題が重なって現れます。研究チームは、こうした加齢に伴う代謝の不調に対して、柑橘類に由来する成分を活用する道筋を探りました。
注目したのはヘスペレチンという物質です。これは柑橘の皮に多く含まれるヘスペリジンから糖が外れた形(アグリコン)にあたります。論文では、ヘスペレチンが長寿関連遺伝子CISD2の働きを高める物質として、著者ら自身の先行研究で同定されていたことが紹介されています。CISD2はミトコンドリアや小胞体の機能維持に関わる遺伝子で、加齢とともに多くの臓器でその発現が下がることが報告されています。
ただし、原料となるヘスペリジンには弱点があります。ルチノースという二糖がくっついているため小腸ではほとんど吸収されず、大腸に届いてから腸内細菌が糖を切り離すことで、はじめて活性の高いヘスペレチンになります。この変換を担うのがビフィズス菌(Bifidobacterium属)などが持つ酵素です。先行研究で報告されていた菌株の変換効率は48時間で約46%にとどまっており、著者らはより変換能力の高い菌株を見つけることを出発点としました。
何を調べたか:菌株のスクリーニングと老化マウスへの投与
研究チームは、同意を得た健康な成人から提供された33の便試料から82株のビフィズス菌を分離し、ヘスペリジンをヘスペレチンに変える能力を調べました。そのうえで、最も成績の良かった菌株のゲノムを解読し、変換に関わる酵素遺伝子を探索しています。
次に、この菌株が作り出したヘスペレチンを含む培養液(菌体を取り除いた上澄みを凍結乾燥したもの。合成ヘスペレチンは加えていません)を、欧米型の高脂肪・高ショ糖の飼料に混ぜて、生後14か月の中高年マウスに約6か月間与えました。比較対象として、培養液の元になる培地だけを与えた群と、ヘスペリジンを加えずに菌を培養した液を与えた群が置かれています。評価項目は、体重や体脂肪・除脂肪量といった体組成、握力、肝臓の組織像や血液検査値、糖の処理能力とインスリンの効き方、全身のエネルギー消費、そして肝臓・筋肉の遺伝子発現でした。
主な報告結果
82株のうち4株のビフィズス菌(B. pseudocatenulatum)にヘスペリジンの変換が認められ、その効率は24時間で33.4〜89.4%でした。最も高かったCL256B株では、ヘスペリジンが119.2マイクロモーラーから3.7マイクロモーラーへ減り、検出されなかったヘスペレチンが106.6マイクロモーラーまで増えて、変換効率は89.4%と報告されています。ゲノム解読では、糖を切り離す酵素としてα-L-ラムノシダーゼ1種とβ-グルコシダーゼ3種の遺伝子が見つかり、毒素や病原性に関わる遺伝子は検出されませんでした。
マウスでの投与実験では、2つの対照群と比べて、体重が27%減少し、除脂肪量が25%増加、脂肪量が59%減少したと報告されています。興味深いことに、体重が減った一方で餌の摂取量は増えていました。著者らは、酸素消費量・二酸化炭素産生量・エネルギー消費が高まっていたことから、全身の代謝活動の上昇がこの点に関係するとみています。筋肉では、CISD2のタンパク質量が上昇し、筋の変性が軽減して握力が改善しました。
肝臓については、肝障害の指標であるALTとAST、肝重量の体重比(約32%低下)、肝臓の中性脂肪や酸化ストレスの指標が低下し、組織標本では脂肪の蓄積、炎症、線維化の軽減が観察されました。肝臓のCISD2も上昇しています。また空腹時血糖が下がり、糖負荷試験とインスリン負荷試験の成績も改善しました。
肝臓の遺伝子発現解析では、この投与群だけで705個の遺伝子に発現の違いが見られ、菌だけを与えた群の52個を大きく上回りました。解析ソフトによる予測では、SIRT1とHNF4αという転写調節因子の活性化、脂質合成を促すSREBP1c・SREBP2の抑制が示されています。ただしこれらは遺伝子発現パターンから推定された上流の調節因子であり、脂質代謝・炎症・細胞死・線維化に関わる経路の変化として報告されたものです。
この報告が示すこと
この研究は、吸収されにくい植物成分を、能力の高い腸内細菌にあらかじめ変換させることで活用するという考え方を、一つの菌株と動物実験で具体的に示したものです。同じ種のなかでも菌株によって変換効率が33.4%から89.4%まで大きく異なったという結果は、「どの菌種か」ではなく「どの菌株か」が重要になりうることを示しています。
報告された効果は、欧米型の食餌を与えた老齢マウスにおける観察であり、著者らはCISD2の発現上昇を伴う変化として位置づけています。植物由来成分の働きが、それを代謝する腸内細菌のはたらきに左右されるという視点を、実験的に裏づけた報告といえます。
著者:Zhao‐Qing Shen(Department of Life Sciences and Institute of Genome Sciences, National Yang Ming Chiao Tung University)、Tran Thi Dieu Thuy(Institute of Microbiology and Immunology, National Yang Ming Chiao Tung University)、Chung-Kuang Lu(Department of Life Sciences and Institute of Genome Sciences, National Yang Ming Chiao Tung University)、Thanh-Sang Nguyen(National Research Institute of Chinese Medicine, Ministry of Health and Welfare)、Chien-Yi Tung(The National Genomics Center for Clinical and Biotechnological Applications, Cancer and Immunology Research Center, National Yang Ming Chiao Tung University)、Cheng‐Yen Kao(Institute of Microbiology and Immunology, National Yang Ming Chiao Tung University)、Ting‐Fen Tsai(Center for Healthy Longevity and Aging Sciences, National Yang Ming Chiao Tung University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Zhao‐Qing Shen, Tran Thi Dieu Thuy, Chung-Kuang Lu, et al. A probiotic Bifidobacterium pseudocatenulatum converts hesperidin to bioactive hesperetin and improves metabolic dysfunction in aging mice. Gut Microbes 2026-09-23. DOI: 10.1080/19490976.2026.2736902. 原著ライセンス:CC BY.