紅麹(ベニコウジ)色素は、Monascus(モナスカス)というカビの仲間を発酵させて作られる天然色素で、鮮やかな色合いと様々な生理作用の両方を持つことから、長い歴史の中で食品に使われてきました。今回、中国・中南林業科技大学食品科学工程学院のShuang Wangさんらの研究グループが、この紅麹色素に関するこれまでの知見を整理し、生産方法から抽出技術、性質、そして食品への応用に向けた新しい方向性までをまとめた総説論文を発表しました。フード・サイエンス・アンド・ヒューマン・ウェルネス誌に2026年8月に掲載予定です。

紅麹色素は抗菌作用、抗酸化作用、脂質低下作用、抗炎症作用、血糖降下作用など多様な生物活性を示すとされ、食肉製品の発色剤として使われている亜硝酸塩の代替候補としても注目されています。亜硝酸塩は肉の発色や保存性向上に役立つ一方、発がん性が疑われるニトロソアミン生成のリスクが指摘されており、より安全な代替素材への関心が高まっているという背景が紹介されています。

紅麹色素はどう作られ、どう取り出されるのか

紅麹色素はMonascus purpureusというカビを、米や小麦などのでんぷん質の多い穀物(固体発酵)、あるいはブドウ糖や麦芽エキスを含む液体培地(液体発酵)で培養して作られます。論文では、固体発酵の方が色素の収量は高くなりやすい一方、水分・pH・温度などの管理が難しく、工程の均一性を保ちにくいという課題が挙げられています。これに対して液体発酵は、パラメータの調整がしやすく発酵時間も短く、大規模生産に向いているとされています。近年は、米だけでなくトウモロコシや小麦、コーリャンといった穀物、さらには稲わらの加水分解液のような安価な農業廃棄物を原料にする試みも報告されており、常温プラズマ処理で作られたMonascus purpureus M630株は、稲わら由来の糖液を使っても効率よく色素を作れることが確認されています。

色素の抽出方法についても複数の手法が比較されています。従来からのソックスレー抽出(溶媒抽出)は簡便で低コストですが、時間がかかり有機溶媒の使用量が多く、加熱により熱に弱い色素成分が壊れやすいという弱点があります。そこで近年は、超音波を使って細胞壁を壊し抽出効率を高める超音波補助抽出、CO₂を使い有機溶媒をほぼ使わずに済む超臨界CO₂抽出、微生物由来の界面活性剤を利用する生体界面活性剤抽出、酵素の力で細胞壁を分解する酵素補助抽出など、環境負荷の少ない「グリーン抽出技術」が開発されています。例えば乳酸菌を使って大豆たんぱくと紅麹を一緒に発酵させる方法では、色価が34.47±0.91U/gまで高まったという結果が紹介されています。ただし著者らは、これらの新技術単独では抽出条件を完全には満たせず、今後は複数の技術を組み合わせた「相乗的抽出」の研究が必要だとも述べています。

安全性の壁——シトリニンという毒性物質

紅麹色素の実用化を妨げるもう一つの大きな要因として、発酵の過程でシトリニンという腎毒性を持つカビ毒が同時に作られてしまうリスクが挙げられています。論文では、シトリニンが50μmol/Lという低濃度でも腎臓の細胞を死滅させることが知られていると紹介されています。この物質は色素と同じ「ポリケチド経路」という代謝経路を、アセチルCoAとマロニルCoAという共通の材料から作られるため、色素の生産量を増やそうとする工夫がシトリニンの増加にもつながりかねない、競合的な関係にあると説明されています。

この課題への対策として、いくつかの発酵条件の工夫が紹介されています。弱酸性のpH環境は色素の安定性を高めつつシトリニンの生成を抑えるとされる一方、pHを2.5〜3.0以下まで極端に下げるとシトリニン合成に関わる遺伝子群の働きが完全に抑えられる代わりに、色素そのものの収量も下がってしまうというトレードオフが報告されています。また、300ヘルツ未満の低周波磁場を発酵初期に当てる手法も紹介されており、ある実験では50Hz・1.6mTの磁場処理によって抗酸化に関わる酵素の働きが強まり色素合成に関わる遺伝子(pksPTなど)の発現が促進される一方でモナコリンの合成は抑えられたと報告されています。別の実験では、1.6mTの磁場を発酵初期の2日間当てることで細胞内の鉄分が排出されやすくなり、色素収量が増えると同時にシトリニンが減少したとされています。さらに遺伝子組換えや遺伝子編集の手法も検討されており、ある研究では複数回の交配選抜によって作られたF2-19という株で黄・橙・赤色素の収量が元の株より67〜76%増加し、高速液体クロマトグラフィーによる分析でシトリニンが検出限界以下になったことが確認されています。また別の研究では、CRISPR/Cas技術を用いてシトリニン合成に関わる約15kbの遺伝子クラスターを削除したところ、毒性を排除しつつ色素収量が2〜5%増加する安定した変異株が得られたと報告されています。

もう一つの弱点——光・熱・pHへの弱さと、その対策の方向性

紅麹色素は、赤色(吸収極大490〜530nm)・橙色(460〜480nm)・黄色(330〜450nm)の3系統に分類され、これらは構造的に近く、酸化還元の状態などによって互いに変換されうる関係にあるとされています。水への溶けやすさはpHに左右され、中性〜アルカリ性ではよく溶ける一方、pHが4.0を下回る酸性条件や塩分濃度5%以上の高塩条件では溶けにくくなることが説明されています。また、紫外線などの光を吸収すると光酸化反応や遊離基反応が起き、色素の構造が壊れて退色しやすいという不安定さも紹介されています。

こうした弱点を補う方法として、化学修飾や色調保護剤の添加といった従来法に加え、色素をたんぱく質や多糖類などの生体高分子でできた膜で包み込む「カプセル化(内包化)」技術が有望視されています。例えば、ゼインとレシチンで作ったナノ粒子に紅麹色素を封入すると、封入していない色素に比べて保存期間が大きく延びたという報告が紹介されています。乳化物やヒドロゲル、マイクロカプセル、リポソーム、ナノ粒子などが現在よく使われる送達システムとされていますが、著者らは、これらの既存システムには複雑な食品の中で狙った場所やタイミングで色素を放出する「制御放出」を実現する点でまだ限界があると指摘しています。そのうえで、pHや活性酸素種などの周囲の変化に応じて反応する「刺激応答性スマート材料」や3Dプリンティング技術を組み合わせることで、色素の機能的な安定性をさらに高められる可能性を、今後の研究の方向性として提案しています。

この研究の位置づけ

この論文は、これまでに発表された多数の研究成果を整理・統合した総説(レビュー)であり、著者ら自身が新たな実験を行って結論を導いたものではありません。著者らは、過去5年間の紅麹色素に関する総説が主に発酵プロセスや色素そのものに焦点を当てており、pH応答や活性酸素応答といった最新の送達技術との統合が不足している点を課題として挙げ、発酵段階でのシトリニン抑制と、下流でのスマートなカプセル化技術を橋渡しする枠組みを提案しています。ここで紹介した収量増加率や色価などの数値は、それぞれ個別の実験条件のもとで得られたものであり、実際の食品への応用効果や安全性を保証するものではない点に留意が必要です。

紅麹色素は、天然由来で多様な機能を持つ色材として食品業界から注目される一方、シトリニンという安全性の課題と、光や熱、pHに弱いという安定性の課題を同時に抱えていることが、この総説を通じて改めて整理されました。発酵条件の工夫や遺伝子編集による毒性の低減と、カプセル化による安定性の向上を組み合わせていく研究の方向性が示されており、今後さらに研究が積み重ねられることで、紅麹色素の食品への応用可能性がどう広がっていくのか、引き続き注目されます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Shuang Wang, Shuang Zhao, Danyuan Li, et al. Sources, synthesis, physicochemical and functional properties of Monascus pigments and their encapsulation strategies for food applications. フード・サイエンス・アンド・ヒューマン・ウェルネス (2026). DOI: 10.26599/fshw.2026.9251238.