著者の所属・活動拠点の国は、カナダ、ベルギー、スロベニアです。

掲載誌:Physiological Reports

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

標高の高い場所では空気中の酸素が薄く、血液や体の組織に届く酸素が減ります。こうした状態が数時間から数日続くと、持久的な運動能力、思考や判断などの認知機能、睡眠が損なわれることが知られています。ただし、高地では頭痛や吐き気、めまい、だるさを伴う急性高山病がよく起こり、それ自体が運動や認知、睡眠を悪化させます。そのため、ある対策が低酸素そのものへの耐性を高めたのか、高山病の症状を和らげただけなのかを見分けにくいという問題があります。

研究チームはこれまで、ケトン体のもとになる「ケトンエステル」を飲むと、標高4000メートル相当の環境で高山病の進行が抑えられたと報告してきました。ケトン体は、体が脂肪を燃料にするときに肝臓でつくられる物質です。一方で、短時間の滞在や比較的低い高度では、ケトンエステルが運動能力や睡眠を改善する結果は得られていませんでした。そこで本研究は、より高い高度に長く(29時間)滞在した場合に、ケトンエステルが運動能力、認知機能、睡眠に影響するかを、高山病の影響を除いた形で探ることを目的としました。

何を調べたか

研究は、健康な男性14人が参加した先行研究のデータを使っています。先行研究では、参加者は本物のケトンエステル飲料と、有効成分もカロリーもない偽の飲料(プラセボ)の両方を、別々の回に試しました。どちらを飲んでいるかは参加者にも研究者にも伏せられていました。各回では、気圧はそのままで空気中の酸素濃度を下げた環境に入り、最初の26時間は標高4000メートル相当、最後の3時間は4500メートル相当の環境で過ごしました。重い高山病の症状が出た場合は、その回を途中で打ち切りました。

今回の分析対象は、2回とも途中で打ち切られずに29時間を完了した5人(平均25歳)です。ケトンエステル飲料は滞在中に繰り返し与えられ、血液中のケトン体濃度を安定して高い状態に保つように設計されていました。参加者は自転車こぎの運動テストを複数回行いました。滞在1.5時間後と25時間後には、負荷を少しずつ上げて限界まで続けるテストで最大出力を測りました。26.5時間後には、低い強度で30分こいだ直後に同じ限界テストを行う組み合わせ運動を実施しました。あわせて、指先で測る血液の酸素飽和度、近赤外光を使った脳と太ももの筋肉の酸素状態、血液の酸性度やガス濃度、睡眠中の脳波などによる睡眠の質、反応時間や記憶などの認知テストを調べました。

主な結果

ケトンエステルを飲んだ回では、日中の血中ケトン体濃度がおおむね2〜3ミリモル毎リットルに上がりました。プラセボの回では0.4〜0.5ミリモル毎リットル程度にとどまりました。高山病の症状の点数は両方の回で時間とともに上がりましたが、打ち切り基準には届かず、飲料による違いは見られませんでした。

運動能力では、1.5時間後と25時間後の限界テストで、最大出力にケトンエステルとプラセボの差はありませんでした。一方、26.5時間後の組み合わせ運動では、ケトンエステルを飲んだ回の最大出力がプラセボより36ワット高かったと報告されています。このとき、体が取り込んだ酸素の最大量には差がありませんでした。

酸素の状態については、ケトンエステルを飲んだ回で、安静時の血液の酸素飽和度の低下が4時間後と28時間後に小さく抑えられました。28時間後には脳の酸素状態もプラセボより高い値を示しました。組み合わせ運動の開始前には、筋肉の酸素状態がプラセボより明らかに高くなっていました。血液の分析では、ケトンエステルによって血液が酸性に傾き、二酸化炭素や重炭酸の濃度が下がる一方、血液中の酸素の圧力は高くなっていました。著者らは、血液が酸性に傾くと呼吸が促され、その結果として血中の酸素が増えるという、これまでの研究で示してきた仕組みでこれを説明しています。

睡眠については、総睡眠時間、夜中に目覚めた時間や回数、睡眠効率、各睡眠段階の長さのいずれも、ケトンエステルによる違いは見られませんでした。認知機能のテスト結果も、飲料の種類や滞在時間による変化はありませんでした。

この研究が示すこと

著者らは、重い高山病にならなかった人が高地相当の低酸素環境に1日以上とどまり、限界までの運動を繰り返す場面で、ケトンエステルが高強度の持久的運動能力の低下を和らげるとみられると結論づけています。この効果が運動中の直接的な作用によるのか、運動と運動の間の回復が良くなったためなのかは、まだ分かっていないとしています。また、睡眠や認知機能には今回の条件で効果は見られませんでした。

一方で、対象は5人と少なく、事前に計算された必要人数にも届いていないため、著者ら自身も結論は探索的なものだと位置づけています。参加者は男性のみで、重い高山病にならなかった人に限られています。さらに、プラセボにはカロリーがなかったことも限界として挙げられています。本研究は、高山病の影響を切り離して低酸素下でのケトン体の働きを見ようとした試みであり、その手がかりを示した報告といえます。

原著論文の著者・所属:Myrthe Stalmans(Department of Cellular and Physiological Sciences, Faculty of Medicine University of British Columbia Kelowna British Columbia Canada; Exercise Physiology Research Group, Department of Movement Sciences KU Leuven Leuven Belgium)、Domen Tominec(Faculty of Sport University of Ljubljana Ljubljana Slovenia)、Wout Lauriks(Exercise Physiology Research Group, Department of Movement Sciences KU Leuven Leuven Belgium)、Ruben Robberechts(Exercise Physiology Research Group, Department of Movement Sciences KU Leuven Leuven Belgium; REVAL—Rehabilitation Research Center, Faculty of Rehabilitation Sciences Hasselt University Diepenbeek Belgium)、Monique Ramaekers(Exercise Physiology Research Group, Department of Movement Sciences KU Leuven Leuven Belgium)、Tadej Debevec(Department of Automatics, Biocybernetics and Robotics Jožef Stefan Institute Ljubljana Slovenia; Faculty of Sport University of Ljubljana Ljubljana Slovenia)、Chiel Poffé(Exercise Physiology Research Group, Department of Movement Sciences KU Leuven Leuven Belgium; REVAL—Rehabilitation Research Center, Faculty of Rehabilitation Sciences Hasselt University Diepenbeek Belgium)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Myrthe Stalmans, Domen Tominec, Wout Lauriks, et al. Ketone monoester intake attenuates exercise performance decline in normobaric hypoxia: A post‐hoc subgroup analysis of 5 young male adults without acute mountain sickness. Physiological Reports 2026-10-01. DOI: 10.14814/phy2.71136. 原著ライセンス:CC BY.