にんにくや唐辛子などの香辛料には、独特の辛みや香りのもとになる成分が含まれています。こうした成分が体の中でどのように働くのかを、細胞やモデル動物を使った基礎研究から積み上げてきた歩みを紹介する特別講演の内容です。講演者は日本大学生物資源科学部の関泰一郎教授で、長年にわたり食品成分の生理機能に関する研究に取り組んできました。
食品には栄養を補うという役割(一次機能)だけでなく、体の調子を整える働き(三次機能、生体調節機能)があるという考え方は、1980年代以降に注目されるようになりました。その背景には、牛乳などに含まれるたんぱく質カゼインを消化酵素で分解した際に、モルヒネに似た作用を持つペプチド(オピオイドペプチド)が見つかったことや、唐辛子の辛味成分カプサイシンにエネルギー代謝を高める作用があると示されたことなど、食品成分が体の働きに関わる具体例が積み重なってきたことがあります。1997年に「生活習慣病」という概念が導入されたことも、こうした食品の機能性への関心を後押ししたとされています。
ガーリック由来成分やその他の食品成分に関する研究の蓄積
講演では、講演者らがこれまでに取り組んできたいくつかの研究テーマが紹介されています。一つは、ガーリック(にんにく)に含まれる硫黄化合物が、細胞骨格(細胞の形を支える構造)を変化させることを通じてがん細胞に影響を与える仕組みに関する研究です。関連する論文はCancer Letters誌(2000年)、Journal of Biological Chemistry誌(2005年)、Carcinogenesis誌(2008年)に発表されています。また、薬物代謝に関わる酵素の働きを調節することで、体を守る仕組みやがんの発生を防ぐ可能性についての研究も行われ、Food and Chemical Toxicology誌(2004年)などに報告されています。
このほか、マイクロRNAという遺伝子発現を調節する小さなRNAの働きを介して脂質の代謝を制御し、肥満を防ぐ方向に作用する可能性についての研究、血液の凝固と溶解に関わる因子についての基礎研究、さらに食品成分が血管の内側を覆う細胞(血管内皮)の働きに及ぼす影響や、動脈硬化を防ぐ方向に働く可能性についての研究も紹介されています。これらは細胞レベルの実験から個体レベル、さらには臨床的な意味づけへと段階的に展開されてきた研究群として位置づけられています。
研究を取り巻く環境の変化
講演では、食品の機能性研究がどのような対象を目指してきたかについても触れられています。かつてはがんやメタボリックシンドローム、循環器疾患の予防が主な関心事でしたが、平均寿命が延びるにつれて、認知機能や運動器の機能、フレイル(心身の衰え)の予防といったテーマにも研究の対象が広がってきたとされています。
また、研究の手法も変化してきました。質量分析やオミクス解析、イメージング技術の進歩により、食品中のごく微量な成分を可視化したり、それらが体内でどのように作用するかという仕組みを明らかにしたりすることが進展したと述べられています。一方で、ヒトを対象とした介入試験でエビデンスを得る際には、遺伝的な背景や腸内細菌叢、生活習慣などによる個人差を考慮する必要性が高まっており、腸内環境とエピジェネティクス(遺伝子の働き方を調節する仕組み)を組み合わせた研究や、個人ごとの特性に応じた栄養指導(個別化栄養、precision nutrition)という考え方も提唱されていると紹介されています。
この講演を読むうえでの注意点
この講演は、特定の研究成果を新たに報告する論文ではなく、講演者らがこれまで発表してきた複数の研究を振り返りながら、食品と生理機能を結びつける科学がどのように発展してきたかを概観する特別講演です。紹介されている個々の研究成果は、それぞれ細胞や動物を用いた基礎研究の段階のものが含まれており、ヒトでの効果を直接保証するものではない点に注意が必要です。また、消費者に科学的根拠をどのように伝えるかという情報発信のあり方や、次世代の研究者・学生の意識の変化についても考察の対象とされており、研究成果そのものだけでなく、研究を取り巻く社会的な文脈にも目が向けられている講演といえます。
食品の機能性研究は、香辛料の一成分に着目した基礎的な仕組みの解明から、個々人に応じた栄養のあり方を考える方向へと、テーマを広げながら進んできたことがうかがえます。今回の講演はその歩みを振り返る内容であり、個別の研究成果については今後さらに検証が重ねられていくものと考えられます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Taiichiro Seki. [特別講演]食品とその生理機能をつなぐScience. 日本食品科学工学会大会講演要旨集 (2026). DOI: 10.3136/aamjsfst.72.0_4. 原著ライセンス: cc-by-nc-sa.