この研究は、韓国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:PubMed

ライセンス: CC BY 確認元: OpenAlex

研究の目的:生殖細胞を体外で育てる土台づくり

魚類の養殖では、優れた形質をもつ個体の子孫を効率よく得たり、貴重な遺伝資源を保存したりする手法として「代理親魚技術」が注目されています。これは、提供側の魚から生殖幹細胞(次世代へ遺伝情報を伝える大もとの細胞)を取り出し、別の個体に移植して、提供側に由来する精子や卵をつくらせる技術です。ただし、1個体から採れる生殖幹細胞の数は限られており、実用化の大きな壁になっていると著者らは述べています。そのため、生殖幹細胞を体外で効率よく培養する仕組みが求められています。

ヒラメ(Paralichthys olivaceus)は、韓国・日本・中国などで商業的に重要な養殖魚です。選抜育種や倍数体誘導、ゲノム編集など形質改良の取り組みは行われてきましたが、ヒラメの生殖幹細胞を体外で培養する系はまだ確立されていませんでした。著者らの以前の研究では、ヒラメ精巣の体細胞に由来する細胞株(OFT細胞株)が生殖細胞を支える細胞源として用いられましたが、平面(2次元)の培養皿では精原幹細胞を7日を超えて維持することが難しい場合が多いとされています。

そこで本研究では、生体内の環境により近い立体(3D)構造をつくることを狙い、ヒラメの精巣から取り出した細胞とOFT細胞株を一緒に培養して、立体的な細胞の塊(凝集体)を誘導することを目指しました。あわせて、性ホルモンや成長因子を加えたときに、凝集体の形や細胞の生存、生殖細胞に特有の遺伝子の発現がどう変わるかを調べています。

何をどう調べたか

著者らは、1歳のヒラメ9尾から精巣を採取し、3尾分をまとめて1つの試料とすることで、独立した3つの試料群を用意しました。精巣を細かく刻んで酵素で処理し、ふるいにかけて細胞をばらばらの状態で取り出しています。これらの細胞を、細胞が底面に付着しにくい特殊な培養プレートに入れ、14日間培養しました。細胞が皿に張りつかないため、細胞どうしが集まって立体的な塊になるかどうかを観察できます。

比較のために4つの条件が設けられました。精巣細胞だけを培養する群、それにホルモンと成長因子を加えた群、精巣細胞とOFT細胞株を半分ずつ混ぜて共培養する群、そしてその共培養にホルモンと成長因子を加えた群です。添加したのは、性ホルモンとして11-ケトテストステロン、17β-エストラジオール、DHP、ヒト絨毛性ゴナドトロピン、成長因子として上皮成長因子(EGF)とインスリン様成長因子1(IGF-1)で、いずれも10 ng/mLの濃度でした。

評価の方法は3つです。顕微鏡で凝集体の形の変化を観察すること、生きた細胞と死んだ細胞を色分けする染色法と色素排除法(トリパンブルー染色)で細胞の生存率を測ること、そして14日目の凝集体からRNAを取り出し、定量PCRという手法で特定の遺伝子がどれくらい働いているかを数値化することです。着目した遺伝子は、精原幹細胞の目印となるplzfと、減数分裂期の生殖細胞の目印となるscp3の2つでした。

報告された主な結果

まず凝集体の形成については、精巣細胞だけを培養した群では、ホルモンや成長因子の有無にかかわらず、培養1日目に凝集体はまったくできませんでした。24時間以内に塊をつくらなかったため、その後の長期的な形の変化も観察されていません。一方、OFT細胞株と共培養した群では、ホルモンや成長因子を加えたかどうかに関係なく、1日目から凝集体の形成が始まりました。最初は複数の細胞の塊が別々にでき、培養を続けるうちに1つのウェルにつき1個の、緻密な球状の凝集体へとまとまっていったと報告されています。著者らは、性ホルモンや成長因子の添加は最初の凝集体形成に必須ではない一方、OFT細胞株を加えることが立体構造の組み立てを大きく促し、加速させたと述べています。

次に細胞の生存については、共培養した2つの群のどちらでも、大半の細胞が生きていることを示す緑色の蛍光を示し、死細胞を示す赤色の蛍光は凝集体の内部に検出されませんでした。色素排除法による測定でも、ホルモン・成長因子を加えない群で91.0±0.4%、加えた群で93.0±1.65%と高い生存率が確認され、両者に統計的に意味のある差はありませんでした。つまり、これらの添加物は細胞の生存を損なわなかったということです。

遺伝子の発現では違いが現れました。ホルモンと成長因子を加えた共培養の凝集体では、加えなかった対照と比べて、精原幹細胞の目印であるplzfが2.15±0.69倍、減数分裂期の目印であるscp3が2.34±0.79倍と、どちらも有意に高い値を示しました。著者らはこの結果を、添加によって精原幹細胞の維持と減数分裂への進行の両方が後押しされたものと解釈しています。

なお著者らは、本研究の解釈上の限界もいくつか挙げています。定量PCRは、もとの精巣細胞とOFT細胞が混ざった凝集体全体を対象に行われているため、観察された遺伝子発現の増加は、1個の細胞あたりの転写量が増えたことだけでなく、生殖細胞の割合が変わったことを反映している可能性があるとしています。また、生殖細胞の含有量は2つの遺伝子のみで評価されており、組織切片を用いた詳しい解析や、凝集体内部で細胞がどう配置されているかの確認は行われていません。さらに、複数のホルモンと成長因子をまとめて加えているため、それぞれの成分が個別にどう寄与したかは今回の実験からは分けられない、とも述べられています。

この研究が示すこと

この研究は、ヒラメの精巣細胞が単独では立体的な塊をつくらないのに対し、あらかじめ確立された精巣由来の細胞株を一緒に培養すると速やかに凝集体が形成されること、そしてホルモンと成長因子の組み合わせが細胞の生存を保ったまま生殖細胞関連の遺伝子発現を高めることを報告しました。著者らは、生殖細胞が体細胞の支えを必要とすることや、ホルモンが精原細胞の維持と減数分裂への入り口を制御することは脊椎動物に広く共通する仕組みだと指摘しています。

体外で生殖幹細胞を維持し、増やし、分化させるための足がかりとして、この3次元共培養系は基礎的な道具になりうる——著者らはそう位置づけています。生体内の環境をどこまで再現できているのか、凝集体の内部で細胞がどのように組織化されているのかといった問いは、まだ開かれたままです。

著者:Jae Hoon Choi(Biotechnology Research Division, National Institute of Fisheries Science, Busan 46083, Republic of Korea)、Hee Jeong Kong(Genetics and Breeding Research Center, National Institute of Fisheries Science, Geoje 53334, Republic of Korea)、Jung-Ha Kang(Biotechnology Research Division, National Institute of Fisheries Science, Busan 46083, Republic of Korea)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jae Hoon Choi, Hee Jeong Kong, Jung-Ha Kang. Establishment of a 3D Co-Culture System Using OFT Cell Line and Effect of Hormone Supplementation on Germline Gene Expression in Olive Flounder (Paralichthys olivaceus).. PubMed 2026-08-29. DOI: 10.3390/cells15171572. 原著ライセンス:CC BY.