養殖魚のエサには魚油が使われますが、保存や加工の過程で油が酸化してしまうことがあります。酸化した油は活性酸素を生み出しやすく、魚の体にとって負担になると考えられています。今回紹介する研究は、大豆などに含まれる植物由来の成分「ゲニステイン」を魚のエサに加えることで、酸化した魚油による肝臓への影響を和らげられるかどうかを調べたものです。対象となったのは「ターボット(Scophthalmus maximus)」というヒラメの仲間の魚です。ゲニステインは哺乳類を対象とした研究では酸化ストレスや炎症を抑える働きが報告されてきましたが、魚など水生生物における研究はまだ十分ではないとされています。

研究チームは、幼魚のターボット(平均体重約10gからスタート)を対象に、12週間にわたる給餌試験を行いました。エサは3種類用意され、新鮮な魚油を使った「FFO群」、新鮮な魚油をすべて酸化した魚油に置き換えた「OFO群」、そしてOFO群のエサに40mg/kgのゲニステインを加えた「GEN40群」に分けて比較されました。

研究でわかったこと

結果として、酸化した魚油を与えられたOFO群では、肝臓のミトコンドリア(細胞内でエネルギーを作る小器官)に構造的な変化が見られました。具体的には、ミトコンドリア内部のひだ(クリステ)の数が減少したり、形が乱れたり、同心円状のクリステが形成されたりする様子が観察されました。また、肝臓内の活性酸素の一種であるスーパーオキシドアニオンの量も有意に増加していたと報告されています。

一方、ゲニステインを加えたGEN40群では、こうしたミトコンドリアの変化が部分的に和らぎ、スーパーオキシドアニオンの量も有意に減少したことが確認されたとされています。さらに、炎症・酸化ストレス・細胞死(アポトーシス)に関連する遺伝子のmRNA量は、OFO群で明らかに上昇していた一方、GEN40群ではその上昇が抑えられていたことが示されています。

研究チームはさらに、トランスクリプトーム解析(細胞内で働いている遺伝子群を網羅的に調べる手法)も実施しました。その結果、ゲニステインを加えたことで変化した遺伝子群は、PPAR(脂質代謝に関わるとされる)シグナル経路、カルシウムシグナル経路、アドレナリン作動性シグナル経路といった経路に多く関連していることがわかったとされています。また、OFO群では脂質の分解や情報伝達に関わる働きが抑えられる一方、免疫反応に関わる働きが活発になる傾向が示されたと報告されています。ゲニステインを加えた群では、FFO群と比べて脂質代謝に関わる働きが抑えられ、物質輸送に関わる働きが活発になる傾向が、またOFO群と比べて情報伝達に関わる働きが抑えられ、RNAに関連する酵素活性が活発になる傾向が見られたとされています。

加えて、遺伝子ネットワークを解析する手法(WGCNA)により、「msrb2」と「hspd1」という2つの遺伝子が、ゲニステインによる保護的な働きに関連する中心的な遺伝子(ハブ遺伝子)として同定されたと報告されています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この研究は、ターボットという特定の魚種を対象に、特定の条件(40mg/kgのゲニステイン、12週間の給餌)で行われた一つの研究であり、結果がすべての魚種や条件に当てはまるとは限りません。また、ここで得られた知見は魚の養殖におけるエサの設計に関する基礎的な研究データであり、ヒトの健康効果を示すものではない点にも注意が必要です。研究チーム自身も、msrb2やhspd1がこの保護的な働きにおいて重要な役割を果たしている可能性がある、という言い方にとどめており、詳しいメカニズムの解明には今後さらなる研究が必要と考えられます。

まとめ

今回紹介した研究では、酸化した魚油を与えたターボットにおいて、ゲニステインの補給が肝臓のミトコンドリア損傷や酸化ストレス、炎症関連遺伝子の発現上昇を有意に軽減したことが報告されています。トランスクリプトーム解析からは、PPARシグナル経路などが関与し、msrb2とhspd1という遺伝子がこの保護的な働きに関連するハブ遺伝子として示唆されました。今後、こうした知見が養殖魚のエサの改良などにどう活かされていくのか、続報が注目されます。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:トランスクリプトーム解析が明らかにした、酸化魚油誘発性酸化ストレスおよび炎症反応に対するゲニステインのヒラメ(Scophthalmus maximus)における保護的役割(フロンティアーズ・イン・フィジオロジー・2026年08月)