日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:INTERNATIONAL JOURNAL OF SYSTEMATIC AND EVOLUTIONARY MICROBIOLOGY
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
ヒトの腸内には多様な細菌がすみ、代謝や免疫を通じて健康に関わっています。なかでもLachnospiraceae科に属する細菌は、短鎖脂肪酸(腸内で細菌が作る短い炭素鎖の脂肪酸)、とくに酪酸(らくさん)を作る主要なグループとして知られています。その一つであるAnaerostipes属は、糖からだけでなく、乳酸と酢酸を組み合わせて酪酸を作れる点が特徴だと著者らは説明しています。著者らによれば、執筆時点(2026年5月)でこの属には8つの有効な種などが記載されており、いずれもヒトやニワトリ、ブタ、マウスといった動物の腸から分離されています。
研究チームは、ヒト腸内細菌のカルチュロミクス(多様な培養条件で腸内細菌を分離・取得する手法)研究の過程で、Anaerostipes属に属すると見られる1株を健康な成人の便から分離しました。本研究の目的は、この株を分類学的に詳しく調べ、新種として位置づけられるかを検討することです。
調べた方法
著者らは、健康な日本人の便試料を70%エタノールで処理してエタノールに耐える腸内細菌を選び出し、嫌気的な条件下で培養して株17EGHSPOS18-1を分離したと報告しています。この株と、比較のために取り寄せた既知のAnaerostipes属各種の基準株を同じ条件で培養し、複数の角度から性質を比べました。
比較の柱は、16S rRNA遺伝子(細菌の系統分類に広く使われる遺伝子)の塩基配列による系統解析、ゲノム全体の比較、そして生理・化学分類学的な性状の検討です。ゲノム比較では、平均ヌクレオチド一致度(ANI)とデジタルDNA-DNAハイブリダイゼーション(dDDH)という、種が同じかどうかを判断するための数値指標が用いられました。あわせて、糖の利用性、生育する温度やpH、細胞の形、産生する短鎖脂肪酸、細胞を構成する脂肪酸の組成、質量分析によるパターン比較なども調べられています。
主な報告結果
16S rRNA遺伝子の配列では、この株はA. faecalisとの一致度が最も高く95.7%、次いでA. amylophilusと95.0%、A. hadrusと94.9%でした。系統樹ではAnaerostipes属のまとまりの中に位置づけられています。ゲノムの大きさは2.7 Mbp、G+C含量は40.5 mol%で、いずれも既知のAnaerostipes属の範囲内でした。一方、既知のすべての種とのANIは80%未満、dDDHは30%未満であり、著者らはこの株がどの既知種にも当てはまらないと述べています。
性状面でも違いが見られました。この株はd-グルコース、d-フルクトース、d-マンノース、d-マンニトールを利用しましたが、多くの参照株がよく使うd-ガラクトース、ケストース、乳糖、ナイストースでは生育しませんでした。生育温度は30〜45℃(最適37℃)で、試験した条件では芽胞(一部の細菌が作る耐久性の休眠形態)の形成は観察されていません。d-グルコースからは酪酸を主要な最終産物として作り、乳酸と蟻酸はごく微量で、酢酸は生育中に消費されました。乳酸のみを炭素源とした培地でも生育が高まり、これはAnaerostipes属で以前から報告されている性質と一致すると著者らは記しています。ゲノムには酪酸生成に関わるbutyryl-CoA:acetate-CoAトランスフェラーゼの遺伝子がある一方、ブチレートキナーゼの遺伝子はなく、プロピオン酸生成の鍵となる酵素も検出されませんでした。
これらの結果をもとに、著者らはこの株をAnaerostipes属の新種としてAnaerostipes stercorihominisと命名することを提案しています。さらに、既知のA. hominisとA. faecisを比べたところ、ANIが98.8%、dDDHが91.1%と、種を区別する一般的な基準(ANIで95〜96%、dDDHで70%)を大きく上回りました。著者らは両者が同じ分類群であるとして、A. faecisをA. hominisの後次ヘテロタイプ異名(先に記載された名に対する、後から付けられた同じ種を指す別名)とすることを提案しています。
この報告の意味
この研究は、ヒトの腸で酪酸を作る重要なグループであるAnaerostipes属に新しい種を加えるとともに、既存の2つの種名が実は同じ細菌を指していたことを示しました。培養によって菌株を手元に確保し、ゲノムと性状の両面から比べることで、腸内細菌の名前の整理が一歩進んだかたちです。誰がどの細菌を研究しているのかを正確に共有するための土台として、こうした分類の精緻化は意味を持ちます。
著者:Tomoki Tanabe(Department of Nutritional Science and Food Safety, Faculty of Applied Bioscience, Tokyo University of Agriculture, Setagaya, Tokyo 156-8502, Japan)、Atsushi Hisatomi(Microbe Division/Japan Collection of Microorganisms, RIKEN BioResource Research Center, Tsukuba, Ibaraki 305-0074, Japan)、Moriya Ohkuma(Microbe Division/Japan Collection of Microorganisms, RIKEN BioResource Research Center, Tsukuba, Ibaraki 305-0074, Japan)、Mitsuo Sakamoto(Microbe Division/Japan Collection of Microorganisms, RIKEN BioResource Research Center, Tsukuba, Ibaraki 305-0074, Japan)、Akihito Endo(Department of Nutritional Science and Food Safety, Faculty of Applied Bioscience, Tokyo University of Agriculture, Setagaya, Tokyo 156-8502, Japan)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Tomoki Tanabe, Atsushi Hisatomi, Moriya Ohkuma, et al. Anaerostipes stercorihominis sp. nov., isolated from human faeces. INTERNATIONAL JOURNAL OF SYSTEMATIC AND EVOLUTIONARY MICROBIOLOGY 2026-09-07. DOI: 10.1099/ijsem.0.007276. 原著ライセンス:CC BY.