この研究は、ブラジルの研究機関の研究論文です。
掲載誌:International Journal of Language & Communication Disorders
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ基準値が必要なのか
食べ物をかみ砕き、飲み込むという動作は、歯や舌、あごの筋肉、そしてそれらを制御する神経のはたらきが組み合わさって成り立っています。この機能に問題が生じていないかを臨床の場で手早く確かめるための道具として、TOMASS(固形物の咀嚼・嚥下検査)という検査があります。決まった種類のクラッカーを1枚食べてもらい、何口に分けたか、何回かんだか、何回飲み込んだか、食べ終わるまでにどれだけ時間がかかったかを数えるという、簡単で費用のかからない方法です。
論文によれば、TOMASSはニュージーランド、オーストラリア、英国、米国など10か国でその妥当性と信頼性が確認されてきました。ただし著者らは、検査の成績が年齢や性別といった生物学的な要因だけでなく、食習慣や社会経済的な状況、使うクラッカーの種類といった地域ごとの違いにも左右されると先行研究が示してきた点を指摘しています。つまり、ある国の数値をそのまま別の国に当てはめることはできず、国ごとの基準値が必要になるということです。研究チームによれば、ブラジルではこの検査がまだ調べられておらず、ブラジル・ポルトガル語話者向けの基準となる数値は存在していませんでした。そこでこの研究は、健康な成人を対象にブラジル・ポルトガル語版TOMASSの基準データを作り、その信頼性を確かめることを目的としました。
どのように調べたか
研究チームは、健康なブラジル人成人99人を対象とする横断的な観察研究を行いました。参加者はブラジル生まれでブラジル・ポルトガル語を母語とする18歳以上の人たちで、嚥下障害や神経の病気、消化器の病気、頭頸部がんの診断を受けている人は除外されました。また全員に認知機能のスクリーニング検査(MoCA)を行い、基準に達しなかった人は除いています。参加者は20〜40歳(37人)、41〜60歳(29人)、61歳以上(33人)の3つの年齢層に分けられました。
検査には、ブラジルで広く流通している市販のクラッカー(1枚4.2グラム)と水が使われました。参加者には「できるだけ速く、かつ無理のない範囲でクラッカーを食べ、食べ終わったら自分の名前を声に出して言ってください」と指示し、クラッカーが唇を通過した瞬間から名前を言うまでの時間を計りました。あわせて、クラッカーを何片に分けて口に入れたか(かじった回数)、あごの動きから数えたかむ回数、のどの甲状軟骨の動きから数えた飲み込みの回数を記録しています。すばやく起きる動作を正確に数えるため、検査の様子はすべて動画に記録されました。
元の英語版の検査手順は、英語とポルトガル語に通じた2人の研究者がそれぞれ独立に翻訳し、それらを突き合わせて一つの合意版にまとめたうえで、研究チーム全体が表現の分かりやすさや臨床的な適切さを検討する、という手順で翻訳・文化的な調整が行われました。信頼性については、同じ検査者が同じ日に2回検査を行って結果が安定しているかを調べ(再検査)、さらに1回目の結果を知らない別の検査者が動画を見て評価し、2人の評価がどれだけ一致するかを調べています。なお著者らは、この研究の焦点は基準データの作成と信頼性の検討にあり、検査が測りたいものを本当に測れているかを正式に検証する作業(構成概念妥当性・基準関連妥当性の検証)は行っていないと述べています。
報告された主な結果
まず信頼性について、論文では、かじった回数、かむ回数、飲み込みの回数、食べ終わるまでの総時間のいずれについても、1回目と2回目の測定に統計的に意味のある差はおおむね見られなかったと報告されています。例外として、61歳以上の女性における飲み込みの回数だけに差が認められました。検査者どうしの評価の一致も良好から非常に良好の範囲にあり、著者らはブラジル・ポルトガル語版の測定が安定して再現できることを支持する結果だとしています。
年齢層による違いは、かむ回数と食べ終わるまでの総時間に現れました。61歳以上の参加者は、より若い年齢層と比べてかむ回数が多く、食べ終わるまでの時間も長くなっていました。事後の解析では、かむ回数について20〜40歳の層と61歳以上の層のあいだに差があり、総時間については61歳以上の層と2つの若い層の両方とのあいだに差が確認されています。年齢の影響の大きさは、かむ回数では中程度、総時間ではこの研究で最も大きく、著者らは年齢が検査全体の成績に及ぼす影響がより強いことを示すものと述べています。一方、それぞれの年齢層の中で男女を比べた場合には、調べたどの項目にも統計的に意味のある差は見られませんでした。
歯の状態については、61歳以上の参加者は若い年齢層より歯の数が少なく、義歯を使っている人の割合が高かったと報告されています。20〜40歳の層では義歯の使用者はおらず、61歳以上では66.7%が使っていました。ただし著者らは、この研究は歯の状態と検査成績の関係を調べるために設計されたものではないため、歯の喪失や義歯の使用が成績に及ぼす影響について因果関係として解釈することには慎重であるべきだと明記しています。
論文は、高齢の参加者でかむ回数が増え時間が長くなった背景として、加齢に伴う口の運動効率や舌の力、筋のはたらき、唾液の分泌の変化に加え、安全に飲み込むために口の中での処理をより念入りに行う適応的な方法が関わっている可能性を、先行研究を引きながら論じています。また限界として、参加者がブラジルの一つの地域から集められているため他地域への一般化には限りがあること、年齢層ごとに男女の人数の偏りがあったこと、多施設でのより大規模な研究がより代表性の高い基準データをもたらしうることが挙げられています。
この研究が示すこと
著者らの結論は、ブラジル・ポルトガル語版TOMASSが、健康な成人の年齢層をまたいで、固形物をかんで飲み込む機能を評価するのに十分な信頼性を示したというものです。決まった手順に沿って客観的な数値が得られ、手軽に実施できる検査であることから、研究チームはブラジルの臨床と研究の場での活用に可能性があると述べています。
この研究の意味は、これまで国外の数値しか参照できなかった場面に、ブラジルの健康な成人がどのくらいの回数と時間でクラッカー1枚を食べるのかという比較の目安が与えられた点にあります。同時に、加齢とともにかむ回数と所要時間が増えるという傾向が確認されたことは、高齢の人を評価する際にその年齢層の値と照らし合わせる必要があることを示しています。
著者:Maria Eduarda Soares Machado(Postgraduate Program in Medical Science Universidade Federal do Rio Grande do Sul (UFRGS) Porto Alegre Rio Grande do Sul Brazil)、Amanda Lara Bressanelli(Postgraduate Program in Medical Science Universidade Federal do Rio Grande do Sul (UFRGS) Porto Alegre Rio Grande do Sul Brazil)、Vanessa Brzoskowski dos Santos(Postgraduate Program in Medical Science Universidade Federal do Rio Grande do Sul (UFRGS) Porto Alegre Rio Grande do Sul Brazil)、Alice Barbosa(Undergraduate Program in Speech‐Language Pathology Universidade Federal do Rio Grande do Sul (UFRGS) Porto Alegre Rio Grande do Sul Brazil)、Ed M. Bice(IOPI Medical, LLC Woodinville Washington USA)、Maira Rozenfeld Olchik(Neurology Service Hospital de Clínicas de Porto Alegre (HCPA) Porto Alegre Rio Grande do Sul Brazil)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Maria Eduarda Soares Machado, Amanda Lara Bressanelli, Vanessa Brzoskowski dos Santos, et al. Normative Data and Reliability of the Test of Masticating and Swallowing Solids (TOMASS) in Healthy Brazilian Adults. International Journal of Language & Communication Disorders 2026-09-23. DOI: 10.1111/1460-6984.70328. 原著ライセンス:CC BY.