この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

総説のねらい

ラッカーゼは、銅を複数含む酵素の一群で、フェノール類などの物質を酸化します。このとき空気中の酸素を電子の受け手として使い、水に変えるため、過酸化水素などの酸化剤を外から加える必要がありません。この性質から、センサー、食品、医療、環境浄化など幅広い分野で利用されてきました。一方で、天然の酵素は周囲の条件の影響を受けやすく、製造コストが高く、回収や再利用が難しいという課題があります。

そこで注目されているのが「ナノザイム」です。ナノザイムは、それ自体が酵素に似た触媒作用をもつナノサイズの材料を指します。中でもラッカーゼに似た働きをもつもの(著者らは略してLLNと呼びます)は、2015年に銅を含む炭素ドットで報告されて以降、配位高分子、金属有機構造体(MOF)、単原子ナノザイム、複合材料などへと種類が広がってきました。

著者らによると、これまでのLLNの総説は主に銅系の材料や、環境・医療分野での分析応用を扱っており、銅系と非銅系の両方を食品の品質・安全性の確保という観点から体系的にまとめたものは限られていました。本総説は、この空白を埋めることを目的に、材料の構造、触媒としての性質、食品分析での性能の関係を整理しています。なお著者らは、LLNは安定性や再利用性で利点をもちうる一方、実際の製造コストは原料や合成の手間、再現性などに左右されるため、天然ラッカーゼより常に安いとはまだ言えないとも述べています。

材料の設計方法と種類

著者らは、LLNの設計戦略を大きく二つに分けて紹介しています。一つは「生体模倣型」で、天然ラッカーゼの活性中心にある銅と窒素・硫黄の結びつき方や、電子の通り道を、アミノ酸、ペプチド、ヌクレオチドなどを配位子(金属に結合する分子)として使って再現しようとするものです。もう一つは「構造工学型」で、材料に意図的に欠陥(例えば酸素が抜けた部位)をつくる、電子の状態を調整する、異なる材料の境界面を設けるといった方法で、天然の構造をまねなくても高い触媒活性を引き出そうとするものです。

総説では、どちらにも限界があることが指摘されています。生体模倣型は天然酵素との対応が分かりやすい反面、銅の結合の一部を再現しても天然の多銅中心の働き全体が再現されるとは限りません。構造工学型は調整の自由度が高いものの、欠陥や表面の部位が混在して本当の触媒中心を特定しにくくなります。また、多くのLLNでは活性部位が不均一で完全には解明されておらず、フェノール類を酸化できるというだけでラッカーゼ様と判断すると仕組みを単純化しすぎるおそれがある、と著者らは述べています。

材料の種類については、配位化合物系、MOF系、単原子系、金属酸化物系の四つに分類しています。配位化合物系は構造を調整しやすい一方で安定性に課題がある場合があり、MOF系は表面積が大きく細孔を設計できる反面、物質の移動や骨格の安定性が問題になることがあります。単原子系は金属を無駄なく使え活性部位が比較的明確ですが、作製や評価が技術的に難しく、金属酸化物系は合成が簡単で安定な一方、仕組みの厳密な解釈が困難です。著者らは、どの種類も万能ではなく、測りたい物質や食品の性質、必要な選択性、作製の再現性などに応じて選ぶべきだとしています。

検出の方式と食品分析への応用

LLNを使った検出方式として、総説は色の変化で測る比色法、蛍光で測る方法、電気信号で測る電気化学的方法、複数の検出部の応答パターンを組み合わせるセンサーアレイ、そして複数の方式を組み合わせるデュアル・マルチモードの五つを整理しています。比色法は簡便で持ち運びできる読み取りに向き、蛍光法は一般に感度が高いものの背景の蛍光などが課題になり、電気化学法は高感度な定量ができる一方で電極や装置の再現性が求められます。センサーアレイは似た構造の物質の識別に役立ちますが、機械学習モデルの訓練やデータの質に強く依存し、複数方式の組み合わせは互いの結果で検証できる一方、仕組みが複雑になり標準化が難しくなるとされています。

総説で紹介された研究例には、色と蛍光の二つの信号を使って牛乳やはちみつに含まれる抗生物質カナマイシンを検出する系、一つのLLNの反応の違いを利用してジュース、ビール、ワイン中の6種類のフェノール酸を見分けるセンサーアレイ、4種類のLLNを組み合わせて有機リン系農薬を識別するセンサーアレイなどがあります。

食品分野への応用として、著者らは品質面ではポリフェノールなどの機能性成分、風味を損なう物質、偽装の検出を、安全面ではカビ毒、農薬、抗生物質、食品添加物の監視を取り上げています。従来の高速液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィー質量分析などは実験室に依存し、費用や操作の負担が大きいことから、LLNとセンサー技術、人工知能、スマートフォンなどを組み合わせた手法がその課題を補う可能性があると位置づけています。

総説が示すこと

この総説は、ラッカーゼに似た働きをもつナノ材料を、設計の考え方、材料の種類、検出方式、食品分析での用途という流れで整理し、食品の品質と安全性の確認に役立つ可能性を示しています。同時に、活性部位の解明が不十分な点や、モデル物質で高い活性が見られても複雑な食品の中で同じように信頼できるとは限らない点など、評価を慎重に行う必要性も強調しています。性能の高さだけでなく、仕組みの裏付けと目的に合った材料・方式の選択が重要だという視点が、この総説から伝わる要点です。

著者:Man Zhou(School of Food Science and Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Tian Jiang(School of Food Science and Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Chenglin Li(School of Food Science and Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)、Chunhua Dai(School of Food Science and Engineering, Jiangsu University, Zhenjiang 212013, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Man Zhou, Tian Jiang, Chenglin Li, et al. Integration of Laccase-like Nanozymes and Sensing Strategies for Food Quality and Safety Monitoring. Foods 2026-09-18. DOI: 10.3390/foods15183309. 原著ライセンス:CC BY.