この研究は、ポーランド、イギリスの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Advances in Clinical and Experimental Medicine
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
声明の目的
心不全は、心臓のポンプ機能が低下して全身に十分な血液を送れなくなる病態です。著者らによると、世界で推定6400万人が抱え、入院や死亡の主な原因の一つになっています。薬や医療機器による治療は進歩しましたが、慢性心不全の5年死亡率は50%を超えるとされ、見通しは依然として厳しい状況です。
著者らは、食事と栄養状態が病気の進行、体を動かす能力、生活の質、治療成績に関わるにもかかわらず、その役割が十分に認識されていないと指摘しています。さらに、ポーランドや中欧では、栄養の専門学会が心不全患者向けに根拠に基づく栄養指針をまとめたことがありませんでした。今回の声明は、この空白を埋めることを目的に、ポーランド栄養学会がまとめたものです。
どのようにまとめられたか
この文書は新たな臨床試験の報告ではなく、既存の研究成果を整理した「科学的声明」です。管理栄養士、医師、看護師などの医療専門職が、根拠に基づいた栄養ケアを実践するための手引きとして作成されました。
執筆したのは、臨床栄養学、循環器内科、心不全看護、救急医療、健康教育などを専門とする10人の専門家グループです。観察研究、ランダム化比較試験、複数の研究を統合して分析するメタ解析、国際的な循環器学会の診療指針などを検討しました。そのうえで議論を重ね、合意を形成しています。著者らは、文書の性格上、根拠の質や推奨の強さを正式に格付けする仕組みは用いていないと明記しています。
主な内容
まず栄養状態の把握について、声明は検証済みの簡易スクリーニング票を日常的に使うことを重視しています。外来ではMUST、入院患者ではNRS-2002、高齢者や虚弱な人ではMNAやその短縮版MNA-SFが例に挙がっています。問題が見つかった場合は、国際的な低栄養診断基準であるGLIM基準を用いて詳しく評価します。著者らが紹介した研究によると、入院中の心不全患者の20〜60%が低栄養に該当します。また、筋肉や体重が意図せず失われる「心臓悪液質」を扱った2025年のメタ解析(3,821人)では、悪液質があると全死亡リスクが59%高いと報告されています。筋肉量や筋力が低下する「サルコペニア」は、心不全患者の約34%にみられるとされます。
体重と体格指数(BMI)の解釈にも注意が促されています。心不全では、BMIがやや高い人の生存率が良いようにみえる「肥満パラドックス」が知られています。しかし著者らは、これは真の保護効果ではなく、BMIでは体組成を正確に表せないことなど、分析方法上の限界によって説明できると整理しています。さらに、太っていても筋肉が不足している「サルコペニア肥満」が見逃される恐れがあります。このため、BMIだけでなく、身体機能の検査や体組成の評価が重要だとしています。体組成の測定法としては、体に微弱な電流を流して測る生体電気インピーダンス法(BIA)が実用的な補助手段とされています。ただし、むくみや利尿薬の影響を考慮して結果を読む必要があります。また、血液中のアルブミン値だけで栄養状態を判断すべきではないとしています。
体重管理については、心不全のタイプごとに考え方が異なります。心臓の収縮する力が保たれたタイプ(HFpEF)で肥満がある場合は、計画的な減量によって運動能力や症状が改善しうるとされています。一方、収縮する力が低下したタイプ(HFrEF)では、意図しない体重減少が悪い経過と結びついています。そのため、筋肉などの除脂肪量を保ち、低栄養を防ぐことが優先されます。たんぱく質については、摂取量の少なさが死亡率の高さと関連するという観察データがあります。ただし著者らは、現時点の根拠が支持しているのは「不足を避けること」の重要性であり、高たんぱく食の有効性が確かめられたわけではないとしています。
塩分と水分については、従来の厳しい制限を見直す内容になっています。標準的な薬物治療を受けている患者では、食塩1日5gを超える過剰摂取は控えるべきとされます。一方、ナトリウムを1日1.5g未満まで制限しても、それ以上の臨床的な利点はみられないとしています。水分は、病状が安定していれば、のどの渇きや状態に応じて1日1.5〜2.5Lが妥当とされています。より厳しい制限が必要になるのは、体内の水分過剰による低ナトリウム血症や、急性の悪化がある場合などに限られます。根拠の一つとして、外来患者504人を対象にした試験が紹介されています。この試験では、水分を1日1,500mLに制限した群と自由に摂取した群の間で、健康状態の評価に有意な差はありませんでした。一方、のどの渇きによる苦痛は、自由に摂取した群のほうが有意に小さかったと報告されています。
食事のパターンとしては、地中海食が最も強い根拠を持つとされています。野菜、果物、豆類、全粒穀物、ナッツ、不飽和脂肪、魚を多くとり、赤身肉や加工肉、超加工食品、添加糖を控える食事です。観察研究の統合では、地中海食をよく守る人ほど心不全を発症するリスクが低いという関連が示されています。すでに心不全がある人でも、全死亡率が低いことと関連していました。著者らは、地中海地方の食品をそのまま再現する必要はなく、地元で手に入る食材を使って食事の構造を保つことを勧めています。高血圧対策として開発されたDASH食や植物性中心の食事も、一部の患者には妥当な選択肢とされています。ただし、心不全患者を対象とした直接の根拠は限られています。
このほか、心不全患者では飲酒に臨床上の利点はみられないと整理されています。アルコールが原因の心筋症では、完全な断酒が治療の中心とされます。必要なエネルギー量は、栄養状態や病状、体組成に応じて個別に見積もります。日常診療では、体重あたりの計算式が実用的な方法とされています。微量栄養素のサプリメントは全員に一律に使うのではなく、特に鉄欠乏に注意しながら、必要な人に絞って使うべきだとしています。
この声明が示すこと
この声明は、慢性心不全の治療において、栄養が薬や医療機器と並んで考慮されるべき要素であることを、既存の知見をもとに体系的に示したものです。全員に同じ制限を課すのではなく、心不全のタイプ、栄養状態、併存疾患に合わせて個別に食事を調整するという考え方が、全体を通じて強調されています。
同時に著者らは、示された多くの知見が観察研究にもとづく関連であることを認めています。心不全患者を対象とした質の高いランダム化試験はまだ限られている、という慎重な姿勢も示しています。そのうえで、現時点の根拠を臨床の現場で使える形に整理した点に、この声明の意義があります。
著者:Michał Czapla(Department of Emergency Medical Services, Faculty of Nursing and Midwifery, Wroclaw Medical University, Poland)、Adrian Kwaśny(Institute of Dietetics, Academy of Business and Health Sciences, Łódź, Poland)、Joanna Popiołek-Kalisz(Department of Cardiology, Cardinal Wyszynski Hospital, Lublin, Poland)、Małgorzata Słoma-Krześlak(Department of Human Nutrition, Department of Dietetics, Faculty of Health Sciences in Bytom, Medical University of Silesia in Katowice, Zabrze, Poland)、Grzegorz Kostelecki(University Clinical Centre, Medical University of Silesia in Katowice, Poland)、Klaudia Wiśniewska(Department of Social Medicine and Public Health, Medical University of Warsaw, Poland)、Szymon Warzecha(Department of Cardiology, University Clinical Hospital, Opole, Poland)、Anna Brończyk-Puzoń(Silesian Rehabilitation and Prevention Centre, Ustroń, Poland)、Izabella Uchmanowicz(Centre for Cardiovascular Health, Edinburgh Napier University, UK)、Piotr Jankowski(Department of Epidemiology and Population Health, School of Public Health, Centre of Postgraduate Medical Education, Warsaw, Poland)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Michał Czapla, Adrian Kwaśny, Joanna Popiołek-Kalisz, et al. Diet and nutrition in chronic heart failure: A scientific statement of the Polish Society of Dietetics. Advances in Clinical and Experimental Medicine 2026-09-17. DOI: 10.17219/acem/225017. 原著ライセンス:CC BY.