この研究は、モロッコ、フランスの研究機関の研究論文です。
掲載誌:International Journal of Molecular Sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
北西太平洋を原産とする褐藻ルグロプテリクス・オカムラエ(Rugulopteryx okamurae、日本名フクリンアミジ)は、モロッコの地中海側および大西洋側の沿岸で確認されて以来、急速に分布を広げてきました。海底を密に覆い、海岸には大量の打ち上げ海藻(漂着バイオマス)が堆積します。著者らによれば、この種は在来の底生生物群集を押しのけ、生物多様性の低下や沿岸漁業・観光への悪影響と結び付けられており、欧州連合は2022年に本種を侵略的外来種のリストに加えています。
著者らが着目したのは、この「厄介者」が同時に豊富な原料でもあるという点です。侵入種の管理として海藻を回収しなければならない以上、それを売れる製品に変えられれば、管理費用の一部を賄えます。狙いはアルギン酸です。アルギン酸は褐藻に含まれる多糖で、食品・医薬・医療材料などで広く使われています。マンヌロン酸(M)とグルロン酸(G)という二種類の単位が鎖状につながった高分子で、両者の比率(M/G比)が材料としての性質を左右します。G単位が多いアルギン酸はカルシウムイオンと「エッグボックス(卵ケース)」と呼ばれる形で結合し、硬く熱に強いゲルをつくるため、構造材やカプセル化の用途で価値が高いとされます。
本研究の目的は二つです。ひとつは、抽出工程の条件の強さが収率と組成をどう左右するかを調べること。もうひとつは、これまで記載のなかったモロッコ大西洋岸の漂着バイオマス由来のアルギン酸を、分光法によって特徴づけることです。
何をどう調べたか
著者らは2025年6月、モロッコ・タンジェの海岸線で、浅い海域に留まっていた比較的新しい漂着バイオマスを採取しました。付着した他の生物を手で取り除き、水道水と脱イオン水ですすいだうえで、日陰で恒量になるまで乾燥させています。採取時の水分含量は80%程度でした。
アルギン酸の抽出は、酸で処理してアルギン酸を溶けにくい形にし、不純物を洗い流したのち、炭酸ナトリウム(炭酸化工程)で水に溶けるアルギン酸ナトリウムへ変えて回収する、という二段階が基本です。著者らは酸処理と炭酸化処理をそれぞれ「室温で長時間の穏やかな条件」と「加温して短時間の強い条件」の二通りに設定し、その組み合わせで四つのプロトコル(PR1〜PR4)を作る二因子の実験計画を用いました。PR1は両方が穏やかな条件、PR3は両方が強い条件(酸処理は40℃で2時間、炭酸化は60℃で5時間)、PR2とPR4はどちらか一方だけを変えた中間条件です。各条件を三回ずつ繰り返し、収率は乾燥藻体重量あたりの割合として求め、二元配置分散分析で比較しました。
得られたアルギン酸の素性は二つの分光法で確かめています。FTIR(赤外分光)は分子内の官能基を手早く確認する手法で、市販のアルギン酸ナトリウムを基準に比較しました。¹H NMR(核磁気共鳴)は、M単位とG単位の割合やM/G比を求めるための標準的な手法として用いられました。
主な報告結果
収率は最も穏やかなPR1の11.19±0.52%から、最も強い条件のPR3の15.85±0.66%までの範囲でした。分散分析では酸処理と炭酸化のどちらも収率に有意に影響しましたが、その寄与の大きさは大きく異なり、炭酸化工程の効果が支配的でした。二つの工程のあいだに交互作用は認められず、それぞれが独立に働いたと解釈されています。実際、酸処理だけを強めても収率は有意には上がらなかった一方、炭酸化を強めると明確に増えました。著者らは、加温して時間をかけた炭酸化が、藻体の組織からアルギン酸をより完全に溶かし出したためだと説明しています。この結果は、同種や他の褐藻について報告されてきた最適条件とも整合すると述べられています。
FTIRでは、四つのプロトコルすべてで市販品と同じ特徴的な吸収帯が現れ、目的の多糖が得られたことが確認されました。硫酸基に対応する吸収は検出されず、硫酸化多糖の大きな混入は示唆されませんでした。一方、カルボニル領域には系統的な違いがありました。両工程とも室温で行ったPR1では、アルギン酸が完全にナトリウム塩の形で回収されたのに対し、加温・短時間の工程を含むPR2〜PR4では、中和されずに残った酸の形に由来する吸収が加わりました。つまり抽出条件は、最終的にどの塩の形で回収されるか(中和の度合い)に影響していました。
¹H NMRでは、四つのプロトコルすべてで、G単位に富むアルギン酸が得られました。グルロン酸の割合は0.75〜0.82、M/G比は0.21〜0.33で、いずれも市販標準品よりG単位が多い組成でした。著者らは、抽出条件を大きく変えてもこのG優位の性質が保たれたことから、これは特定の抽出法の産物ではなく原料そのものに備わった性質だと述べています。この組成は、硬いゲルをつくることで知られる商用原料ラミナリア・ヒペルボレアに近い側に位置づけられ、柔らかいゲルをつくるマンヌロン酸に富む原料とは対照的です。なお、鎖の中でM単位とG単位がどう並んでいるか(ブロック構造)までは、後述の理由により本研究では算出されていません。
もう一つ、著者らが率直に「未解決」として報告している点があります。スペクトル上の約4.96 ppmに、標準的なアルギン酸の三つの指標シグナルのどれにも当たらない信号が、四つのプロトコルすべてで再現性よく現れました。この信号は他の研究のスペクトルにも見えていながら帰属されないままでした。共抽出された硫酸化多糖ではないかという当初の仮説は、FTIRで硫酸基の吸収が見えないことから支持されませんでした。抽出条件や採取地が違っても一貫して現れることから、偶発的な不純物というより何らかの一定の成分あるいは構造上の特徴に由来する可能性が指摘されていますが、今回の一次元NMRのデータだけでは確定した帰属はできず、二次元NMRなどの追加解析が必要だと結論されています。この信号が従来の積分区分の外に来てしまうことが、ブロック構造の解析を断念した理由でもあります。
この研究が示すこと
現在、打ち上げられたこの海藻の多くは回収して埋め立てや焼却に回され、自治体にとっては費用がかかるだけの負担になっています。本研究は、その漂着バイオマスから、品質の高い商用原料と同じくG単位に富む組成のアルギン酸が、幅広い抽出条件で安定して回収できることを報告しました。組成が条件に左右されないということは、収率や工程の都合に合わせて抽出条件を調整しても、得られる高分子の構造的な性質は損なわれない、ということでもあります。
著者らは、分子量分布やゲル化のふるまいといった性質はまだ調べられておらず、鎖の配列の詳細な解析も残された課題だと明記しています。そのうえで本研究は、侵略的外来種の管理という負担を、原料の供給という別の文脈に置き直す見方を、実測に基づいて裏づけたものと位置づけられます。
著者:Khansae Kamal(Phycology, Blue Biodiversity and Biotechnology RU, Laboratory of Plant Biotechnology, Ecology and Ecosystem Valorization—CNRST Labeled Research Unit N°10, Faculty of Sciences, University Chouaib Doukkali, P.O. Box 20, El Jadida 24000, Morocco)、Zahira Belattmania(Phycology, Blue Biodiversity and Biotechnology RU, Laboratory of Plant Biotechnology, Ecology and Ecosystem Valorization—CNRST Labeled Research Unit N°10, Faculty of Sciences, University Chouaib Doukkali, P.O. Box 20, El Jadida 24000, Morocco)、Fouad Bentiss(Laboratory of Catalysis and Corrosion of Materials, Faculty of Sciences, University Chouaib Doukkali, P.O. Box 20, El Jadida 24000, Morocco)、Charafeddine Jama(Materials and Transformations Unit, University of Lille, CNRS, INRAE, Centrale Lille, UMR 8207-UMET, F-59000 Lille, France)、Abdellatif Chaouti(Phycology, Blue Biodiversity and Biotechnology RU, Laboratory of Plant Biotechnology, Ecology and Ecosystem Valorization—CNRST Labeled Research Unit N°10, Faculty of Sciences, University Chouaib Doukkali, P.O. Box 20, El Jadida 24000, Morocco)、Valérie Stiger‐Pouvreau(University Brest, CNRS, IRD, Ifremer, LEMAR, IUEM, F-29280 Plouzane, France)、Brahim Sabour(Phycology, Blue Biodiversity and Biotechnology RU, Laboratory of Plant Biotechnology, Ecology and Ecosystem Valorization—CNRST Labeled Research Unit N°10, Faculty of Sciences, University Chouaib Doukkali, P.O. Box 20, El Jadida 24000, Morocco)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Khansae Kamal, Zahira Belattmania, Fouad Bentiss, et al. Valorization of Beach-Cast Biomass from the Invasive Seaweed Rugulopteryx okamurae on the Moroccan Coast: A Comparative Assessment of Extraction Conditions for Sodium Alginate Recovery. International Journal of Molecular Sciences 2026-09-04. DOI: 10.3390/ijms27177898. 原著ライセンス:CC BY.