日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Nutrients
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
食物アレルギーは近年、公衆衛生上の重要な課題とされています。論文の冒頭では、先進国では人口の約10%が何らかの食物アレルギーをもつとされ、日本でも増加傾向がみられ、患者全体のうち0〜6歳の乳幼児・就学前の子どもが約74%を占めると報告されています。食物アレルギーのある子どもは、誤って原因食物を口にしてしまう身体的なリスクだけでなく、周囲に負担をかけているのではないかという心理的な負担を抱えることもあります。そのため著者らは、幼児期から食物アレルギーについて正しく理解し、友だちへの共感を育てる教育が、安全で包み込むような環境づくりに欠かせないと述べています。
研究チームが着目したのは「観察学習」や「代理経験」という考え方です。これは、自分が直接体験していなくても、他の人のふるまいや経験を見ることで知識や社会的な行動を身につけられるという心理学の概念です。食物アレルギーのある子どもが在籍するクラスでは、毎日の給食の場面や先生の指導、友だちとのやりとりを通じて、アレルギーに関する情報に自然に触れる機会があると考えられます。しかし著者らは、幼稚園でそうした経験がどのくらい、どのように起きているのかはこれまで十分に調べられていないと指摘しています。
そこで研究チームは、「食物アレルギーのある子どもが同じクラスにいる園児は、デジタル食育の授業を受けたあと、食物アレルギーへの理解度が高いのではないか」という仮説を立て、これを検証しました。
何を、どのように調べたか
研究チームはまず、学習意欲を高めるための「ARCSモデル」に基づいた食育用のオリジナルDVDを作成しました。ARCSモデルは、学習意欲を注意(Attention)、関連性(Relevance)、自信(Confidence)、満足感(Satisfaction)の4つの要素に分けて考える枠組みです。DVDでは、オリジナルキャラクターのあいさつで子どもの興味を引き、クイズや紙芝居形式の映像で内容を日常生活と結びつけ、クイズや踊りを通して「できた」という手応えと達成感が得られるように構成されました。教材は先生の追加説明がなくても進むように作られ、キャラクターが内容を案内する形式がとられています。
バランスのよい食事については、国の食育ツールである「食事バランスガイド」の枠組みを5歳児向けに簡略化して用いました。分量を数える方式ではなく、主食、野菜のおかず、魚や肉のおかず、牛乳・乳製品、果物という5つの食品グループすべてから食べることの大切さを、片手の5本の指にそれぞれのグループを当てはめて覚える独自の方法で伝えました。
本調査は2023年11月から2024年2月にかけて、兵庫県T市の公立幼稚園9園で行われました。5歳児を対象に、1回約25分の授業を月1回、計4回実施し、2024年3月に理解度の評価を受けた163人が分析対象となりました。子どもたちは、同じクラスに医師から食物アレルギーと診断された子どもが1人以上いるかどうかで2つのグループに分けられ、「インクルーシブ群」は5園の75人、「非インクルーシブ群」は4園の88人でした。理解度の評価には、文字がまだ十分に読めない子どもでも答えられるイラスト入りのワークシートを使い、食事バランスは絵を描いて答える5問(5点満点)、食物アレルギーはイラストから正解を選んで丸をつける2問(2点満点)で測りました。ワークシートは匿名で回収され、個人が特定されない方法がとられています。
この研究は無作為割り付けを行わない準実験デザインで、子どもたちが9つの園に分かれていることを踏まえ、園内でのまとまり(クラスターの影響)を考慮できる一般化推定方程式という統計手法が用いられました。
主な報告結果
全体では、163人のうち125人(76.7%)が食事バランスの理解度で3点以上を取り、122人(74.8%)が食物アレルギーの理解度で満点の2点を取っていました。
グループ間の比較では、食事バランスの得点について、インクルーシブな環境との統計的に意味のある関連はみられませんでした(p = 0.818、オッズ比0.912、95%信頼区間0.414〜2.008)。中央値は5.0点と3.0点で差があったものの、著者らは、この得点は0〜5点の限られた段階の尺度で高い側に偏っていたため、中央値だけでは全体の分布を十分に表せないと説明しています。
一方、食物アレルギーの理解度については、インクルーシブな環境であることが、より高い得点と統計的に意味のある形で関連していました(p = 0.029、オッズ比4.219、95%信頼区間1.156〜15.399)。このオッズ比は、インクルーシブ群の子どもが非インクルーシブ群に比べてより高い得点の区分に入る見込みの比を表すものだと説明されています。
授業を担当した先生への匿名アンケートでは、DVDを見ている間の子どもの集中の程度(78.4点)や食育としての有効性の実感(68.6点)は比較的高く評価された一方で、DVDを見たあとに子どもたちが食物アレルギーについて話題にしていたかという項目は36.9点と低い評価でした(いずれも0〜100の視覚的評価尺度)。
この結果が示すこと
同じ教材を用いても、食事バランスの理解には環境による差がみられず、食物アレルギーの理解には差がみられたことから、著者らは、社会的な環境との関連は学ぶ内容の性質によって異なる可能性があると考察しています。食事バランスのような一般的な栄養の知識は映像と音声からも身につきやすい一方で、食物アレルギーに関する知識は、友だちの食事の制限に気づいたり、相手の事情に配慮したりすることとも関わりうるという見方です。
ただし著者らは、観察学習や友だちとのやりとり、アレルギーに関する経験の頻度をこの研究では直接測っていないため、この仕組みの説明はあくまで仮説にとどまると明記しています。また、介入前の理解度を測っていないため、もともとグループ間に差があったのかどうかは判断できず、因果関係を結論づけることはできないとしています。グループ分けは無作為ではなく既存のクラス構成に基づくこと、園の数が9つと限られること、「食物アレルギーのある子が1人以上いるか」という2分法では人数やかかわりの中身、先生の指導や家庭の要因までは捉えられないこと、食物アレルギーの理解度が独自に作成した2問のみで測られたこと、単一の自治体の5歳児が対象であることなども限界として挙げられています。
結論として研究チームは、動機づけを重視したデジタル食育を受けた園児では、同じクラスに食物アレルギーのある友だちがいることが、その後の食物アレルギー理解度の高さと関連していたと報告しています。そして、幼児期の食に関する理解や他者を思う気持ちを支えるうえで、教材そのものだけでなく、子どもが日々過ごす社会的な環境という視点を教育の設計に取り入れることに意味があるかもしれないと述べています。
著者:Tomoko Noma(Department of Health and Nutrition, Hijiyama University, 4-1-1 Ushitashin-machi, Higashi-ku, Hiroshima 732-8509, Japan)、Kyosuke Nowaki(Department of Nutrition, Koshien University, 10-1 Momijigaoka, Takarazuka-shi 665-0006, Japan)、Mei Nunoya(Department of Nutrition, Koshien University, 10-1 Momijigaoka, Takarazuka-shi 665-0006, Japan)、Haruna KOYAMA(Department of Nutrition, Koshien University, 10-1 Momijigaoka, Takarazuka-shi 665-0006, Japan)、Ayano Nishizoe(Department of Nutrition, Koshien University, 10-1 Momijigaoka, Takarazuka-shi 665-0006, Japan)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Tomoko Noma, Kyosuke Nowaki, Mei Nunoya, et al. Association Between Inclusive Educational Environments and Food Allergy Comprehension Among Preschool Children: A Quasi-Experimental Digital Intervention Study. Nutrients 2026-09-11. DOI: 10.3390/nu18182972. 原著ライセンス:CC BY.