ナッツ類はタンパク質や不飽和脂肪酸、ビタミン、ミネラルを豊富に含む食品として世界中で消費されていますが、保存や輸送の過程でカビが生えると、健康に望ましくない物質が生成されることがあります。とくに問題視されているのが、Aspergillus(アスペルギルス)属のカビ、なかでもAspergillus flavus(アスペルギルス・フラバス)が作り出す「アフラトキシン」という物質群です。今回紹介するのは、ドイツ・ミュンヘン工科大学の研究グループが、クルミ・カシューナッツ・ピスタチオ・ピーナッツ・ヘーゼルナッツという5種類のナッツに実際にAspergillus flavusを接種し、どのナッツでどれだけカビ毒が作られるかを比較した実験研究です。
研究の背景には気候変動への関心があります。Aspergillus flavusは本来、温暖な熱帯・亜熱帯地域を好むカビですが、気温上昇が進めば、ドイツ在来のクルミの木のような温帯産の作物にもこのカビが広がる可能性があります。著者らは、ドイツ産のクルミを含む複数のナッツについて、Aspergillus flavusと接触した際に何が起こりうるかを、実験室内の管理条件下で検証しました。
どのように調べたのか
研究チームは、ドイツ国内で市販されている殻付きでない未処理のクルミ・カシューナッツ・ヘーゼルナッツ・ピーナッツ・ピスタチオを入手し、95%エタノールで表面を殺菌したうえで、複数のAspergillus flavus株の胞子懸濁液を接種しました。まずクルミについては、DSM 1959、NRRL 3357、AF70、CBS119.62、NRRL 1957という5種類の異なる株を使って接種実験を行い、株によるカビ毒生成の違いを調べました。その後、この中からAF70とCBS119.62という2つの株を選び、クルミ以外の4種のナッツにも同様に接種しました。接種後は30℃・湿度95%の環境で20日間培養し、最終的に55℃で90分乾燥させて胞子を不活化してから粉砕し、UHPLC-MS/MS(超高速液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析)という高精度な分析法で、アフラトキシンB1・B2・G1・G2、および前駆物質であるステリグマトシスチン(STC)の濃度を測定しました。
クルミで際立って高いカビ毒濃度
クルミに5種類の株を接種した結果、カビ毒の生成量は株によって大きく異なりました。5株のうち4株がアフラトキシンB1を生成し、その量は0.18µg/kgから11,000µg/kg超という非常に幅広い範囲にわたりました。3株はアフラトキシンB2(3.58〜1,411µg/kg)を、3株はステリグマトシスチン(0.26〜262µg/kg)を生成した一方、DSM 1959という株だけはこれらのカビ毒をまったく作りませんでした。なお、どの株からもG型のアフラトキシン(G1・G2)は検出されず、これはAspergillus flavusがもともとB型アフラトキシンとステリグマトシスチンしか作らない性質と一致する結果でした。
次に、AF70とCBS119.62の2株を他の4種のナッツに接種したところ、興味深い違いが見られました。ピスタチオでは、この2株を接種してもアフラトキシンは検出されませんでした(ただし、接種前の未処理のピスタチオにはもともとアフラトキシンB1・B2・ステリグマトシスチンが含まれていました)。一方、ヘーゼルナッツ・カシューナッツ・ピーナッツでは、同じ株の接種によって測定可能な濃度のカビ毒が検出されています。具体的には、アフラトキシンB1がヘーゼルナッツで0.11〜3.56µg/kg、カシューナッツで0.15〜0.16µg/kg、ピーナッツで0.06〜17.9µg/kg、アフラトキシンB2がヘーゼルナッツで0.13〜0.18µg/kg、ピーナッツで0.26〜7.59µg/kg検出されました。全体として、これら4種のナッツで生成されたカビ毒の濃度は、クルミで観察された濃度に比べて明らかに低いものでした。
著者らはこの違いの背景として、いくつかの仮説を検討しています。一つは、ナッツの薄皮(種皮)に含まれる成分の影響です。過去の研究では、クルミの種皮に含まれる没食子酸などの抗酸化成分にカビ毒生成を抑える働きがある可能性が指摘されていますが、この作用は種皮そのものに限られ、種皮を除いた胚乳部分にはむしろカビの栄養源となってカビ毒生成を促す可能性があるとされています。今回使用したクルミは、加工の過程で種皮にわずかな傷がついていた可能性があり、著者らはこれがカビの侵入を容易にし、高濃度のカビ毒生成につながった可能性を考察として挙げています。またカシューナッツについては、殻に含まれる成分に抗菌性があるとの報告があり、殻付きの状態で目立った傷がなかったことが、カビ毒の生成が少なかった一因として考えられるとしています。脂肪酸組成の違いなど他の要因についても文献をもとに検討していますが、著者らはナッツごとの違いを脂肪酸だけで説明することはできないとも述べています。
この研究の位置づけと注意点
著者らは、複数の丸ごとのナッツを対象にAspergillus flavusの生育とアフラトキシン生成を体系的に比較した点で、この実験には独自性があるとしています。ただし、この研究はあくまで実験室内で意図的にカビを接種した「最悪シナリオ」的な条件での結果であり、市販のナッツが実際にこの濃度のカビ毒を含んでいるという意味ではありません。また、使用したAspergillus flavusの株によってカビ毒の生成量が大きく異なったことから、菌株ごとの性質の違いが結果に強く影響しており、他の研究との単純な比較が難しい点も著者らは限界として指摘しています。対照サンプルの一つで低濃度のアフラトキシンB1が検出された事例についても、実験室内での二次的な混入である可能性が高いとしつつ、断定はしていません。なお、この研究に日本の研究機関や日本の食品に関する言及は含まれていません。
今回の実験結果は、クルミがAspergillus flavusによるカビ毒汚染を受けやすい可能性を示すものですが、一つの実験室研究であり、実際の流通・保存条件下でのリスクを直接示すものではありません。今後、気候変動によって温暖な地域を好むAspergillus flavusの分布域が広がった場合、クルミのようなナッツにおけるカビ毒汚染が食品安全上の課題として重要性を増す可能性がある、と著者らは指摘しています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Sarah Schneidemann-Bostelmann, Franka Nöth, Stefan Asam, et al. Quantification of aflatoxins and sterigmatocystin in walnuts, cashews, pistachios, peanuts, and hazelnuts by using UHPLC-MS/MS following Aspergillus flavus inoculation. マイコトキシン・リサーチ (2026). DOI: 10.1007/s12550-026-00666-w. 原著ライセンス: cc-by.